花盗人 (はなぬすびと)
(C)森田しほ 2000 All rights reserved


 

「ねぇ……」
 白い小さな顔が、不安げに僕を見上げる。
「これ、悪いことなの?」
 僕はちょっと驚いて手をとめた。
「どうして? 誰かがそう言ったの?」
 弥はかぶりを振る。くせのある淡い色の髪がシーツにふれてさらさらと音を立てた。
「なんとなく……そう思っただけ」
「こうするの、イヤ?」
 弥は今度は小さく首を振った。目元がほんのりと赤く染まっている。
「よかった」
 僕は心からほっとして、弥にキスをした。フランネルのパジャマの前を開くと、ミルク色の素肌があらわれる。カーテン越しの月明かりだけの部屋で、弥は窓辺に飾られた白い花よりも清らかで愛らしい。肌はあたたかく僕の手にぴったりと吸いつく。あわただしくパジャマを脱ぎ捨て肌を重ねると、全身でそのなめらかな感触を味わった。弥の肌はすぐにぬくみを増し、桜色の唇からはふるえるようなため息がもれた。
 イギリス人の祖母の血を濃く受け継いだ弥は、陽の下では金茶に見える髪と澄んだ琥珀色の瞳をしている。舌でふれれば甘い味がするのではないかと思えるその瞳が、熱っぽく潤んでいる。
 跡を残さないように注意しながら、身体中にキスをした。弥も、僕の頬や肩にかわいらしいキスをくれる。
「弥……もっと、キスして」
 弥の吐息はさきほど飲んだホットミルクと、甘い花の香がした。

 僕たちが二人でいると、みな僕のほうを兄だと思った。僕も同年代の少年たちと比べれば華奢なほうだが、弥はさらに小さく肉付きも薄い。性格もおっとりとして、来月には十五になるというのに、いつまでも幼さが抜けきらない。年子の僕たちは、兄弟というよりは友達のように育った。明るく人懐こい弥はいつも、大人びているとは言われるがほんとうは口べたで人見知りをする僕の手を引いて人の輪に入った。弥はいつも康雄にべったりね、と母などは笑ったが、ほんとうは僕のほうが弥に頼っていた。
 両親が不仲になったのは、ちょうど弥が中学に上がったころだった。感受性のつよい弥は、父と母が険悪なようすになるたびにひどく怯えた。
 父も母も僕らへの興味はとうに失っているようで、部屋を覗きにくることもなかった。それでも僕は足音を忍ばせて、弥の部屋を訪れる。
 ベッドの上で毛布を抱いていた弥は、僕が入っていくと毛布を離して僕を抱きしめた。
「お父さんもお母さんもキライ」
 かすかに震える弥の背中を撫でながら、僕は両親に感謝すらしていた。弥の頬は熱くすべすべとしている。その声は恨み言ですら、僕の耳には甘く響いた。
 ほんの子どものころから、弥が大好きだった。けれどいつからだろう、弥の柔らかな唇にキスしたいと思うようになったのは。白い肌に思うままにふれたいと渇望するようになったのは。漠然とした衝動は、知識を得て明確な欲望に変わっていった。
 両親の刺々しい声の聞こえる晩は、僕は弥のベッドで眠った。初めてキスは雨の晩だった。母が金切り声を上げるのを聞いて、弥は泣きだした。僕は欲望に抗いきれずに、涙に濡れた唇を吸った。じっとされるままになっていた弥も、舌で唇を割るとさすがに驚いて抗った。
「どうして口の中を嘗めるの?」
 あどけない声で弥が問う。そのまま弥を押し伏せて奪ってしまいたい欲望をこらえながら、なんでもないように言った。
「僕とキスするのはイヤ?」
 弥は困惑して目を伏せた。それでも、かすかに首を振る。僕は弥を驚かせないようにそっと背中に腕をまわすと、もう一度ゆっくりとくちづけした。
 キスや愛撫は、弥から不安や恐怖を拭い去った。両親の言い争う声の聞こえる夜は、弥のほうから求めるようになった。キスだけのときもあるし、身体にふれているちに眠ってしまうこともある。初めて弥の中に入った夜のことは、いまでも何もかも覚えている。弥の熱さ、肌のふれあう音、鼓動の速さ。はじめは戸惑っていた弥もすこしずつだが慣れてきて、声を聞かせてくれるようにもなった。

 なめらかな内股は熱く、僕は期待に震えた。弥に行為を強要することはなかった。弥が怯えたり嫌がったりすれば、僕はすぐに諦めた。けれど今夜は、弥は潤んだ琥珀色の瞳で僕を見上げているだけだ。弥の心はまだ幼すぎて、自分の欲望に気づいていない。僕を求めながらも、その衝動の激しさに戸惑っているようだった。小さく尖った乳首を舌で擦りながら、ゆっくりと足を撫でさすった。弥は頬を上気させたまま、困ったように僕を見上げる。唇や額や頬にキスの雨を降らせながら、弥の中に侵入した。弥がはっと身体をこわばらせる。
「大丈夫」
 僕は弥の耳朶を唇で噛みながらささやいた。
「大丈夫だよ、弥。力を抜いて、もうすこし足をあげて」
 弥は息を乱しながら、僕の言うとおりに動いた。弥の中にさらに深く分け入る。深く……深く。僕の唾液で濡れた乳首を指で抓ると、弥はびくっと背中を反らした。
「ん……んん」
 目を閉じ、苦しげに眉根を寄せる弥はぞくぞくするほど扇情的だった。目尻に滲んだ涙を唇で拭ってやる。
「あ……」
 弥がこらえきれずに声を漏らすと、僕は苦痛にも似た感覚に飲みこまれそうになる。つよく刺激すると、弥は息を飲んで僕をかき抱いた。もっと激しく動いて、弥を泣かせたい。僕から離れられなくなればいい。
 弥の欲望が極まるのを待ってから、自分を解放した。

 父と母の声はまだ続いていたが、それは遠い潮騒のようだった。弥はぐっすりと寝入っている。
「もうすこし」
 弥の寝顔を見ながら僕は思う。もうすぐ、僕は大人になる。そうしたら、父さんも母さんももう必要なくなる。弥を悲しませるような人間はいらない。
 知らず知らずのうちに微笑んでいた。弥を起こさないようにそっと唇にキスすると、布団を肩まで引き上げた。目を閉じると、弥の寝息を聞きながら眠った。

.

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

*「花盗人」覚書*
1999/04/21〜1999/04/26
1999/05/02 サイト“BOY'S LOVE”に投稿
2001/01/14 “Phosphorescence”UP
2001/01/14 「楽園」小説連合・成人女性向け小説に登録
2001/10/10 「HONなび」女性向けオリジナル小説に登録
2002/10/30 「楽園」成人向けコンテンツ有料化に伴い登録削除
「HONなび」登録消滅