双つ頭 (ふたつあたま)
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 来るんじゃなかった。
 せめて、裕二の姿を見つけてすぐに店を出ればよかった。言い訳なんてどうにでもなる。急用が出来たとか、腹が痛くなったとか。だが流されるように席につき、グラスを手に取った。動揺していると気づかれたくない。裕二にではない。浅田が見ていたから。あの射貫くようなきつい視線で。
 今さら席を立つこともできない。きっと浅田が追ってくる。それを考えると恐ろしかった。気を紛らわせるためにグラスを重ねて、ますます腰が重くなる。ますます混乱する。いっそ――
「どうぞ」
 聞き慣れた張りのある低い声が思いがけず近い場所から聞こえて、びくりとした。いつの間にか隣に浅田が座っていて、ビール瓶の口をこちらに傾けている。
「いや……もう」
 これ以上飲んでは足がおぼつかなくなる。グラスを遠ざけようとしたが、浅田は追ってくる。まっすぐに俺を見たまま。
「もう一杯くらい、いいでしょう。三上さん」
 口調は穏やかだが、その目には有無を言わせぬ鋭さがある。獲物を見る目だ。観念してビールを受けた。一杯では済まなかった。二杯三杯と飲み、頭がくらくらしだしたところで、浅田に腕を掴まれた。
「大丈夫ですか」
 答える前に、腕を引かれて立たされた。身体を支えるふりをしてぐいぐいと俺を引っ立てていく。周囲の人間には、酔った俺を浅田が介抱しているように見えるのだろう。誰も、どこへ行くのかと声をかけてはくれない。抗ってみたが、浅田の力がつよくなっただけだった。店の奥、細い廊下の突き当たりにある便所に連れ込まれる。朝顔が三つに個室が二つ、白いタイル貼りのスペースは白々と明るかった。
 引き戸を閉めると、すぐに浅田が顔を寄せてきた。
「いやだ。こんなところで――」
 身を捩る俺を壁に押しつけると、無理やり唇を合わせる。シャツを捲り上げ肉の薄い胸に爪を立てられて、悲鳴を上げそうになった。
 浅田は欲情してはいない。ただ怒っているだけだ。俺が裕二を見ていたから。視線はやらなかった。でも意識していたのを浅田は知っている。だから怒ってる。
 個室に押し込もうとする浅田の腕を押し返す。虚しい抵抗だとわかってはいるが、こんなところで抱かれるのは怖い。
「人が来たらどうするんだ」
 突然の声にぎょっとしたのは俺だけだった。浅田はまるで誰かが入ってくることを――それが誰かも知っていたように、悠々と顔を上げる。
「田宮先輩」
 裕二は眉をひそめてはいるものの、とくに驚いたふうではない。裕二は俺を見ない。浅田を見ている。だから俺は、安心して裕二を見つめた。手首を掴んでいる浅田の手に力が籠もるのも気づかずに、裕二を見つめる。
「そういうことはホテルでも行ってしろよ」
「そうですね。じゃあ俺らこれで帰ります」
 シャツを捲り上げられた格好のまま呆然と裕二を見ている俺の手を引く。その動きでシャツの裾が腹のあたりまで落ちた。浅田は俺にではなく裕二に聞かせるように言う。
「行こう。いつものホテルでいいだろ」

 

 浅田はシャワーも使わずに、俺を跪かせた。酔いと疲れでもたついていると、髪を掴んで自分の膝の間に座らせた。前立てを開くところから、俺にやらせる。
 何度しても戸惑いがある。裕二には数えるほどしかしなかったこの行為を、浅田は毎回要求した。
「あの人のだと思ってしゃぶれば? あの人にもしたんだろ」
 俺は言い返さない。柔順に浅田に奉仕する。しかし浅田はなかなかエレクトせず、達するまでにも時間がかかった。まるでその気のない相手を無理に誘惑しているようだ。
 喉の奥まで押し込まれ注がれて、激しくむせた。忙しなく背中を上下させている俺の髪を掴むと、乱暴に引き上げる。だが目尻に滲む涙を拭う指は優しかった。口から零れた生暖かい粘液が、顎に流れるのを感じる。
「なんだ、ほとんど零しちゃったんだ」
 腕を掴まれ、ベッドに上がるように促された。ぐったりしている俺の衣服を手早く脱がせる。
 性急な行為は苦痛のほうが多い。浅田の行為はいつも事務的だ。まるで細心の注意を払って行為に感情が籠もらないようにしているようだ。いつまでも身を強ばらせている俺の耳元にささやく。
「あの人のこと考えなよ」
 その言葉にショックを受けて、俺の脚を抱え上げてさらに深く押し入ろうとしている浅田から目を逸らした。
「そんなこと、言うな」
「どうして。そのほうが感じるだろ? あの人、髪形すこし変えてたね。似合ってた。あんたに未練があるんじゃない? さっきも、あんたの後を追ってきたんだぜ」
 二人きりでいる時、浅田は決して裕二の名を口にしない。ただあの人と呼ぶ。
 何度浅田に抱かれても、身体の奥に精を注がれても、俺は浅田の口からあの人という言葉が出ると動揺した。
 起き上がり、濡れた目元を拭う。浅田が背後から抱きしめてくる。乱暴といっていい行為とは裏腹に、その仕草は優しかった。無言のまま、俺の首筋に顔を埋める。俺は身体をずらすと、浅田と向き合い、彼を抱きしめた。
「ごめん……」どんなことを強いられても、いつも謝るのは俺だった。浅田は皮肉っぽく苦笑するだけで黙っている。

 

   *

 

 別れを告げられたのは突然だった。「おまえが悪いんじゃない」と裕二は言ったけど、裕二は俺に飽きたんだ。それってやっぱり俺が悪いんじゃないかな。
 俺は首肯くしかなかった。縋れば裕二は優しいから、きっと無下にはできないだろう。いや、裕二に無下にされるのが怖かったから、あっさり首肯いたんだ。俺は最後までつまらないやつで、裕二が飽きるのも無理ないと思った。
 毎日のように裕二と会っていたので、別れるととたんに暇になった。ちゃんと授業に出てバイトをしても、やっぱり暇だった。
 だから普段はめったに顔を出さない飲み会に参加した。裕二は来ておらず、俺は安心したのと寂しいので深酒をしてしまった。
 目の前の景色が歪み吐き気が込み上げてきた瞬間、誰かに腕を引かれた。抱えられ、引きずられるように歩いた。目も開けられないままその手に縋り、着いたのがトイレだとわかったとたんに安心して吐いた。
「大丈夫?」
 背中をさする手の主に、何度も首肯きながら息を整えた。
「田宮先輩に振られて参ってるんだな」
 ぎょっとして顔を上げる。俺と裕二とのことは誰も知らないはずだ。その時になってやっと相手の顔を見た。同じ学部の二年下で、名前は――
「忘れなよ。あの人はあんたのことなんかもう忘れてる。今は同じゼミの女とつきあってるんだ」
 浅田……たしか浅田だ。浅田は声も表情も淡々としている。
「あんた捨てられたんだよ」
「……知ってる」
 浅田は俺の腕をまた掴んだ。
「立てる?」
 そのまま店を出てホテルに連れて行かれた。浅田とは親しい間柄ではなかった。裕二と自分のことをなぜ知っていたのかわからない。どうして俺にこんなことをするのかもわからない。
 安っぽいモノトーンの部屋に入るなりベッドに突き飛ばされ、挑みかかられた。
 俺がさして抵抗しなかったのは、酔いのせいだけではなかった。人肌が恋しかったのだろうと思う。息苦しいほどきつく抱きしめられて、束の間だが裕二のことを忘れた。
 熱い手の感触を余さず味わおうと、肌がざわめく。
「最後にあの人としたの、いつ?」
「一カ月前」
「ふぅん」
 気のない声と共に浅田の指が乳首をつよく捻った。くっ、と喉の奥が鳴る。
「乳首感じるんだ」
 退屈な作業をするようによそ見をしながら、浅田は乳首を弄り続ける。愛撫とはいえないような摩擦をくわえられていくうちに、痺れるような快感が生まれる。肌は薄く汗ばみ、踵がシーツを滑る。
「どうして欲しい?」
「……噛んで」
 浅田は胸に顔を寄せると歯を立てた。鋭い痛みに俺の身体がびくりと跳ねると、浅田は乳首を挟んだままの唇に酷薄な笑みを浮かべる。羞恥と快感と惨めさで、こめかみを涙が伝う。浅ましく脈打ち濡れ始めたものを、浅田が握る。それだけで達してしまいそうだ。
 軽く濡らしただけで、浅田は容赦なく押し入ってきた。痛い。だがすぐに思い出す。身体の奥がいっぱいになる充実感と、狂おしい――
「足りないなら自分で動きなよ」
 脚を折り曲げられ固定された格好のまま、俺は腰を揺すった。すすり泣くような声がひっきりなしに漏れる。だがそんなことを構ってはいられなかった。
「ああ……あ、あ」
 浅田が薄笑いを浮べて見おろしている。けど、もう止められない。浅田はほとんど動かず、俺は必死に身体を揺らして虚しい快楽を極めた。
「携帯の番号教えて」
 浅田の声に、目で携帯電話のありかを教えた。上着のポケットの中だ。浅田はそこから携帯を取り出すと、手早く互いのアドレスを登録した。
 目の前に携帯を投げてくる。「浅田久志」という名が新規登録されていた。

 

 俺の考えを見透かしたように、翌日の朝メールが来た。ちゃんと学校来なよ。さぼろうと思っていたが、そのメールを見て大学に向かった。
 浅田に呼び出されたのに、浅田に会わないように行動した。だがやはり会ってしまう。浅田は俺のことなどすべてお見通しのようだ。すぐに手を引かれ、ひと気のない廊下の奥にある一室に連れ込まれた。ダンボール箱や古い型の事務椅子などが雑然と置かれた小部屋で、永く使っていないのだろう、かすかにホコリの匂いがする。
「……ここじゃいやだ」
「ベッドのほうがいいの」
 からかうように言いながら、壁に押さえつけた俺の脚を軽々と抱える。足が浮き俺はあわてて浅田の肩に縋りついた。
 人通りはないとはいえ、学生たちの声が潮騒のように届いている。
「頼む……頼むから」
 震える声に欲情したように固くなった股間を擦りつけてくる。その感触に呆気なく欲望が漲っていくのを感じて、息を飲んだ。
「じゃあベッドで抱いてくださいって言いなよ」
 俺が唇を噛むと、浅田は楽しげに目を細めた。
「言わないなら、このままここでやるよ」
「……ベ、ベッドで」
 掠れた声で哀願すると、浅田は小さく呻いて乱暴に俺の胸倉を掴んだ。
「やっぱりダメだ。ここでする」
 竦み上がっている俺の耳元で、浅田は急にくつくつと笑い出した。俺から離れると、手を差し出す。
「行こう。ベッドで抱いてやるよ」
 浅田の手を取る。他の選択肢はなかった。
 繁華街からすこし外れた場所にぽつんと立つ小さなラブホテルの一室で、浅田と二度目のセックスをした。
 最初の時より、浅田は切羽詰まっているようだった。ベッドにうつ伏せで押さえつけられ、腰を上げさせられた。
「んっ、うん……」
 何度か突き上げられた後いったん抜かれて、今度は手荒く転がされて、天井を見上げる。脚を肩に担がれたと思ったら、すぐに突き立てられた。
「あ……」
 浅田の手が俺の口を塞ぐ。恐怖を感じて見上げても、逆光で浅田の表情は見えない。
「あんたはどうせ、あの人を呼ぶんだろ」
 吐き捨てるように言って、浅田は動きを速めた。
 それから浅田は当然のように俺を自分のものとして扱い、俺もそれを受け入れた。

 

   *

 

 裕二は多趣味で交際範囲の広い社交的な男だった。俺は無趣味で友達もすくない。俺には裕二だけだった。
 単館ロードショーでマイナーな映画を観るのが、趣味と言えば趣味なのかもしれない。だがとくにこだわりがあるわけではない。大きい映画館よりは小さい映画館、並んで入るようなメジャー作品ではなくふらりと入っても好きな場所に座れるような映画を観る。映画の内容よりその時間が好きだった。
 裕二はそんな俺の行動に興味を持って何度か一緒に映画を観たが、観た後にさして話が弾むわけでもなかった。
 久しぶりに裕司と向かい合って、そんなことを思い出した。よく待ち合わせに使った喫茶店のいつも座っていた席、そこから外の景色を眺めると、懐かしさに胸が痛んだ。だが正面にいる裕二に対しては、ふしぎなほど平静だった。
 裕二と二人きりでいても、さほど気まずくなかった。別れた直後と今と、何が違うというんだろう。テーブルにはコーヒーがふたつ。裕二は砂糖を入れるが、俺はブラック。すこし痩せたなと言われて、なんと答えていいのかわからなかった。
「浅田とつきあってるのか」
 どうしてそんなことを訊くんだ。
 浅田と俺……つきあってるのかな。会話らしい会話もなくて、会えばセックスしてる。しかも一方的なセックスだ。これを「つきあっている」と表現するのはすこし寂しい気がする。
 けど裕二と俺との関係が正しい状態だったのかと言えば、自信はない。何が正しくて何が間違っているのか。判断できない俺にはどこか重大な欠陥があるのかもしれない。
 他愛ない世間話をした後、裕二は今度飲みに行かないかと誘ってきた。飲み会ではない。二人で。もう一度やり直したいとは言わなかった。つまり、俺がちょっとした遊び相手にならないかと探りを入れたんだ。
 気づかないふりをして、飲みの誘いは断った。裕二はあっさりと席を立ち、いつもの柔らかな声で「都合がいい時にでも連絡してくれ」と言って去って行った。だがもう、二度とこんなふうに向かい合うことはないだろう。
 コーヒーをもう一杯頼み、独りでしばらく座っていた。すこし寂しい。だが傷ついてはいなかった。
 夜になって浅田に呼び出された。ちょうど風呂を使った後で、浴室から出てきたら携帯が鳴っていた。家まで来いと言われて、髪を乾かすとすぐに出掛けた。浅田の家は二階建てのアパートで、浅田の部屋は一階の一番端。窓を開けると低い塀があって、その向こうは生活道路だ。
 部屋に入るなり、背後から抱き竦められた。浅田のぬくもりが、匂いが、感触が、冷えた身体に染みる。犬のように俺の首筋に鼻を突っ込んでくるのでくすぐったい。
 そんなスキンシップもわずかな時間だけだ。浅田は俺を布団の上に突き飛ばすと乗りかかってくる。風呂に入ったことを怒られるだろうかと、服を脱がされながら考える。浅田は行為の前に風呂を使うのを嫌う。
 素肌が重なると、ふいに感情が高ぶった。
「今日だけでいいから……優しくして」
 自分でも思いがけない言葉が口をついた。きっと笑われる。目を上げると、浅田は怒ったような顔をしていたが、何も言わずに俺を見ていた。
 それからそっと、俺を抱きしめた。ぎこちないその仕草に、涙が出る。
「どうして……」浅田が固い声で言った。「優しくしてるのに泣くんだ」
「ごめん」
 浅田は突き放すように俺から離れた。ぷいとそっぽを向く。
「あんたが泣いてるからもうできない」
 責める口調だった。だがその声音の子どもっぽさに、俺は思わず微笑んだ。
「いつも泣かせるくせに」
 俺が笑うので浅田は面食らったようだ。そういえば、浅田の前では笑ったことがなかったなと思い当たる。

 

「これ、俺いらないから。あんた映画好きなんだろ」
 翌日大学に行くと浅田がやって来て、ぶっきらぼうな……というより突っかかるような口調でチケットを握った手を突き出した。テレビでも頻繁にスポットの流れている人気の映画だ。
「……ありがとう」
 きのう俺が泣いたからだろう。浅田の不器用さは俺に似ている。
 裕二といるときは、いつもどこか緊張していた。
 恐怖を感じてはいるものの、浅田の前では緊張はしない。最初があんなふうだったからだろうか。恐怖も快楽もすべてさらけ出した。浅田が主導権を握っているのに、時々、浅田のほうは追い詰められているようにすら感じる。
(今日だけでいいから……優しくして)
 ほんとうに優しくされたら、きっといたたまれない。
 もののように扱われるほうが気が楽だ。
 きっと、俺は恋愛に向いてないのだろう。そんなふうに扱われているほうが楽だなんて、どうかしている。

 

 午後になると、浅田は打って変わって険しい表情をして俺の前に立った。こんな顔は初めて見た。怒っているのか、それとも不機嫌なだけか。いつものように黙って浅田の後に続く。
 縛られるのは初めてだった。戒めは重ねた手首をきつく縛り、ベッドの支柱に繋がれている。縛られてから、服を剥がれた。手首から袖を抜くことができず、苛立った浅田はシャツを破った。
「やったのか。あの人に抱かれたのか」
 ……ああ、そうか。俺が裕二に会ったのを知ったのか。
 抱かれてなんかいない。話をしただけだ。そう言っても浅田は信じないだろう。いや、信じたとしても、この怒りは治まらない。目を閉じていても、俺の沈黙が浅田の怒りを煽っているのがわかった。だがどうしようもない。
「あんたはあの人のことを考えて泣いてたんだな」
 浅田の声がかすかに揺れた。
 浅田はもう俺を見なかった。ただ俺の身体だけを苛んだ。痛くて苦しくて、だが途中でシャツの端を口に突っ込まれてしまったので声を出すことができなかった。
 こんなことをする浅田を憎む気持ちはなかった。俺にはふさわしい扱いだと思った。
 喉元までシャツを押し込まれたので、だんだん息苦しくなってきた。苦痛が大きすぎて、快楽が大きすぎて、鼻だけではうまく呼吸できない。
 俺の様子がおかしいのに気づいたらしい浅田が、乱暴にシャツを引っ張り出した。俺は激しくむせて、でも手首は拘束されたままだし腹の上には浅田が跨がっているので、まな板の上の魚のように身体を躍らせながら咳き込んだ。
 浅田はすこし落ちついたらしい。ベッドを降りると、備え付けの冷蔵庫から水のボトルを持ってきた。ベッドの上に転がすと、戒めを解く。俺は咳き込みながら起き上がり、ボトルの水を飲んだ。頭がガンガンしている。
 ボトルをカラにして、ぐったりとシーツに沈み込む。やっと正常な呼吸が戻ってきた。浅田は何も言わず、ひどく傷ついたような目をして俺を見ていた。
 おずおずと、浅田が俺にふれてくる。快感の波が静かに満ちてくる。俺の反応を確かめると、浅田はもう遠慮しなかった。いつものように俺に押し入り荒れ狂った。
 達する時はいつも目を閉じる。だが今日はしっかり目を開いて、浅田を見た。浅田の目の中には、もう怒りはなかった。俺たちは恋人同士のように見つめ合いながら達した。
「浅田……」
「どうして俺を呼ぶんだ」
 浅田が不快げに眉をひそめた。
「一度も呼んだことないくせに」
 ふいに、苦しいほど浅田が愛しくなった。不器用な浅田。
「おまえに抱かれてるのに、他の誰を呼ぶんだ」
「そんな調子のいいこと言っても信じないからな。もう二度と、あんたに優しくなんてしない」
 俺は甘く微笑むと、頑なに顔を背けている浅田に寄り添った。浅田は俺を振り払いはしなかった。背中に腕を回す。愛情深い行為の後の恋人同士のように、抱きあって眠った。
 目が覚めたら、俺たちはまたいつもと変わらない行為を続けるのか、それとも何かが変わるのか。どちらにせよ、俺はそれを受け入れることができるだろう。

 

 

 

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*「双つ頭」覚書*
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