籠の鳥たち
(C)森田しほ 2002 All rights reserved

** もどる


 

 ささやくような雨音を窓越しに聞きながら、藤倉弥は暗い空を見上げていた。普段なら雨は嫌いではない。単調な音を聞いていると心が落ちつく。けれど今日は、いくら耳を澄ませていても胸のざわめきは消えてはくれなかった。
 弥はそっと、さきほどから黙りこんだままの弟を振り返った。康雄は机に向かっていて、その視線は広げられたテキストの上にある。顔を上げるようすはない。弥は安堵とかすかな不安を感じて、また窓の外に目を移した。
 年が明ければ、弥は高等部一年に、康雄は中等部三年に進級する。中高一貫教育の学園の、寮の南館の二人部屋を兄弟で使っている。
 二日前、弥は担任教師に雑用を言い付けられ放課後残ることになった。教室まで迎えに来た康雄に先に部屋に戻るように言って、弥は職員室に急いだ。思いがけず遅くなってしまったのだが、とうに帰っているはずの康雄の姿は、部屋にはなかった。食堂はもう閉まっているし、共同浴場を使いに行ったようすもない。もともと弥も康雄も、部屋に付属しているユニットバスを利用している。なんとなく手持ち無沙汰になった弥は、部屋を出て娯楽室に向かった。
 娯楽室には数人の生徒がいて、テレビでサッカー中継を観戦していた。クラスメイトの一人が、弥に気づいて声をかける。康雄はいない。部屋に戻ろうとして、ふと思い立って舎監室に足を向けた。夕食時間より後の出入りには、舎監の許可がいるのだ。
 舎監室のドアの前まで来てから、舎監の不在を思い出す。代行をしている寮長の部屋へ向かうために踵を返しかけ、足を止める。ドアの中から、物音がした。ノックをするためにドアにふれると、重い樫のドアは音もなく開く。
 応接室と続き部屋になった舎監室の、三人掛けのソファの上に康雄はいた。ソファの上で男子生徒と抱きあっていた。高等部二年の根室という生徒だ。学年主席の彼は、高等部の生徒会長と南館の寮長を務めている。康雄は今年、中等部生徒会で会長補佐に任命されていた。
「弥……」
 狼狽したようすの康雄が根室を押しのけるより早く、弥はその場から逃げ出した。部屋に戻ってベッドに入ると毛布を頭から被った。目の当たりにした光景と、思考が繋がらない。混乱のあまり頭痛がしてきた。
 康雄が部屋に帰ってきたのは、ずいぶん経ってからだった。弥はベッドの中でじっと息をひそめていた。康雄は何も言わずに隣のベッドに入り、弥もいつの間にか眠ってしまった。
 それから、弥は康雄の顔をまともに見ることができずにいる。
 今日になって、放課後根室が弥のクラスにやってきた。康雄は今朝、生徒会の会議があって迎えには来なれないと言っていた。根室もそれを知っているようだ。会議があるのなら、会長である根室は、どうしてここにいるのだろう。康雄は嘘をついたのだろうか。だとしたら、今どこに。根室は弥を伴って寮に戻ると、舎監室に招き入れた。弥は黙って従う。まだ陽も高く、寮には人影はまばらだった。
「藤倉、何か言ってた?」
 あの晩康雄と抱きあっていたソファに腰を降ろすと、根室はおもむろに口を開いた。弥は戸口に立ったままだ。
「ああ、君も“藤倉”だったな」根室が、たった今それに気づいたかのように言って微笑む。
「座らないのか」
 一人掛けのソファを手で示した。弥が近づくと、腕を取られた。有無を言わせぬ強引さで抱き寄せられ、ソファに押し倒される。噛みつくようなキスをされ、弥は嫌悪に身を竦ませた。根室の唇からは煙草のにおいがする。背中に感じるソファの感触も不快だった。ここで康雄は。そう思うと身体が震えた。
「このこと、藤倉に……康雄に言うといい」
 根室は呆気なく弥と突き放すと、嘲るように短く笑った。
「かわいい弟が毎日君を見て何を考えているかわかる」

 

 消灯時間が近づいたことを知らせる音楽が、各部屋の天井に取り付けられたスピーカーから静かに流れ出す。あと十分すれば、寮内のほとんど照明が強制的に落とされる。その単調なメロディを聞くと、眠くなる癖がついていた。しかし物思いに沈む弥の耳には届いてはいない。知らず知らずのうちに、弥の指は唇を押さえていた。根室とのやり取りを康雄に話すつもりはない。
 引かれるように振り返る。ふいに康雄が顔を上げ、弥は驚いて目を逸らした。夜露に曇った窓ガラスに額をつけるようにして、康雄に背を向けた。
 康雄が立ち上がる気配を感じた。
「弥」
 ますますうつむいた。康雄が近づいてくる気配に押されるように、口を開く。しかしその声は、窓越しの雨音に消されてしまいそうなほど小さい。
「ごめんね」
「どうして謝るの」
「だって、びっくりしただろ」
「驚いたのは弥じゃないの?」
 弥は意識して根室の言葉を頭から追い出した。思いきって康雄に向きなおり顔を上げると、息がふれるほど近くに康雄がいる。康雄のほうが背が高い。伸ばされた手に、無意識に身体がこわばった。指は弥にふれる前に止まった。康雄が眉をひそめる。
「僕を軽蔑する?」
 弥は弾かれたように首を振った。「そんなことない」
 康雄の手が頬にふれてきた。その指先は冷たい。その手に掌を重ねてぎゅっと握ると、康雄の顔にかすかに安堵の色がよぎった。 「弥の教室に、根室さん来たんだね」
 優しいほど静かな声で、康雄が尋ねる。「なにを言われたの」
 弥は首を振った。康雄はそれ以上は問わなかった。けど、弥が嘘をついたと知っている。いつもそうだった。康雄に嘘はつけない。知られてしまう。そう思うと頬が熱くなった。
 康雄を指が、弥の唇をなぞる。身を引きそこねた弥は、されるままになるしかなかった。
「キスされた?」
「ふ……ふざけただけだよ」
 声が震えそうになって、弥は語尾を速めた。
 両手で頬を包まれ、顔を上げさせられる。康雄の顔が近づいてきて、唇が重なる。
 くちづけは長く優しかった。ゆっくりと唇が離れていく。
「ふざけただけだよ」
 康雄は悲しげな目をして、弥を見る。弥が息を整える前に、もう一度顔を寄せてきた。逃げることができないのは、壁に背が接していたからではなかった。
「弥……」
 ささやく康雄の声は、いままで聞いたことのないほど密やかで艶めいていた。唇がふれ、熱い舌が侵入してくる。搦め捕られる。息ができない。
 唇が頬に移動して、耳をかすめる。首筋に顔を埋められて、思わず肩を竦めた。肩にふれた康雄の手に、わずかに力がこもる。
「康雄……」
 足がふらつく。康雄の腕が腰に回って、引き寄せられる。なすすべもなく翻弄されながら、腰に押しつけられた熱さに、弥は目眩を感じた。知らない熱ではない。けれど、康雄のその熱が自分に向けられていることに弥は混乱した。
 康雄は突然離れた。宙に投げ出されたように、あわてて脚に力を入れる。
「頭を冷やしてくる。先に眠っていて」
 康雄は速足で出て行った。振り返らなかった。弥は急に身体中の力が抜けたように、床に座り込んだ。板張りの床には、母が作ったラグが敷いてある。懐かしい肌触りのラグには、生家の庭の風景が縫い込まれている。
 根室のところに行ったのだろうか。弥はその考えを追い出そうときつく目を閉じた。しかしそれはかなわなかった。目を開けると、赤い端切れで造られた薔薇が滲んで見えた。

 

 目が覚めると、康雄の姿はなかった。しかし部屋に戻った形跡はある。鞄と教科書がなくなっていた。弥が眠っている間に戻って、出て行ったのだろう。昼食のときにも、康雄は現れなかった。放課後も。消灯間際になって部屋に戻ってきた康雄とやっと顔を合わせたが、康雄は弥の目を避けるようにベッドに入った。
 両親が事故で亡くなってから五年、兄弟は伯父からの援助を受けていた。伯父は金銭的な援助以外では甥たちにかかわる気はないらしく、長期休暇のときに帰る場所は二人にはない。静かな寮で休暇を過ごすのにももう慣れた。でも、康雄がそばにいないことには慣れていない。
 周囲からは仲のよい兄弟だと思われていたし、事実そのとおりだった。両親が生きていたころから、友達と過ごす時間より一人でいる時間より、二人で過ごす時間のほうが長かった。郊外に住まいがあり齢の近い子どもが周囲にいなかったせいもあるだろう。なにより、二人でいるのは楽しかった。家の裏手に広がる森の中に秘密の隠れ家を造って、毎日陽が暮れるまで過ごした。気難しい父が、子どもたちが家の中で騒ぐのを嫌ったせいもある。
 危うい緊張感の中で、弥は康雄のことを考えていた。しかし考えれば考えればほど、とりとめがなくなる。なにも思い浮かばない。弥の手には追えなかった。康雄に対して、説明のつかない罪悪感が募る。不実なことをしているような気になる。
 部屋に一人でいるのがつらくて、共同風呂を使った。部屋に戻っても、やはり康雄はいない。戸口に背を向けるようにして、康雄のベッドに腰掛けた。
 消灯された後も、弥はベッドに入る気になれないまま暗い部屋の中に座り込んでいた。そっとドアが開く気配がしても、取り繕う気にはなれなかった。いつの間にか雨が降り出している。素肌で絹を撫でるような、密かな音が耳をくすぐる。
 二人の隠れ家に、枯れ枝を渡してビニールシートを掛け、小枝と木の葉で重しをした屋根をこしらえた。夢中で作業をしている間に、陽が暮れ雨が振り出した。出来たばかりの屋根の下で、二人は並んで座った。雨音はするが、鬱蒼と茂る木々に阻まれて地表には届かない。ただ遠くから音がするばかりだ。枝に溜まった水が、時折したしたと零れてくる。走って帰ればたいして濡れはしまい。家では母が心配しているだろう。しかしなかなか動くことができなかった。雨音を耳を澄ましていると、ぼんやりとした気持ちになる。それが心地よくて。
「隣に座ってもいい?」
 康雄の声を聞いただけで、泣いてしまいそうになった。首肯くと、康雄はベッドの隣に腰掛けた。
「泣いていたの」
 康雄の顔を見ることができないまま、首を振った。
「でも、目が赤い」
 頬にふれてくる手が優しい。
「どうすればいいのかわからない」声が震える。
「僕もだよ」
 康雄が言う。そんなのずるい。
「……ずるいよ」
 康雄は「ごめん」とだけ応えた。

 

 重なった肌は冷たいのに、吐息は火のように熱かった。顔を寄せてくる。怒っているように見えるほど、真剣な表情をしている。
「康雄は、根室さんが好きなの?」
 驚いたように目を見開いてから、康雄は苦笑した。
「やきもち焼いてる?」
 蜜のようなささやき。
 康雄の指は冷たい。なのに、ふれられた場所には熱が残る。熱い目をして無言のまま自分にふれてくる康雄は、まるで知らない人間のようだ。
「……康雄だよね?」
 無性に恐ろしくなって、弥はささやいた。
「やす……」
「黙って」康雄はするどくささやいた。「他の誰に見える?」
 自分でもふれたことのない場所に、康雄は当然のようにふれてくる。縋るものを探して枕の端を掴んだ指を取られる。康雄と自分の、荒い息遣いが耳につく。それはひどく生々しく、弥をいたたまれない気持ちにさせた。弥は困惑して、ひたすら康雄が満足して離れていくのを、時間が過ぎるのを待った。雨の音を聞こうと念じた。雨の音だけを聞いて、そうすれば、すぐに終わる。

 

 キス。おやすみのキスとは違うキス。
 両親が亡くなってから、弥は夜を恐れた。一人で眠ることかできなくなり、康雄のベッドで眠った。それでも夜中に目を覚まし、さめざめと泣いた。康雄を起こさないようにとシーツに顔を埋めて声を殺したが、康雄はいつも目を覚まして、弥が落ちつくまで背をさすってくれた。
 ある晩、康雄は泣いている弥を残してベッドを出た。トレイにホットミルクの入ったマグを乗せて戻ってきた。大きなマグにたっぷり入ったミルクからは、ほんのりと甘い蜂蜜のにおいがする。両手でマグを包むと、そのあたたかさにほっとした。ミルクを飲むと、体が内からぽかぽかとしてくる。頬がふんわりと熱くなり、眠気が差してくる。康雄は空になったマグを受け取ると、ベッドに横たわった弥の髪を撫でた。母が寝る前にそうしてくれていたように、額にかかった前髪を、指でかきあげる。額にキスをして、それから唇に。母がしてくれたような、おやすみのキス。弥はほっとして目を閉じる。
 そんなことが、どれくらい続いただろう。康雄はそれらの動作を、重要な行為であるかのように慎重に、いつも同じ手順でおこなった。康雄は康雄で、自分が母親の役を演じることで、母を懐かしんでいたのかもしれない。

 

 弥のほうが先に目を覚ました。しかし頭も身体もすぐには動かない。手足が自分のものではないように重い。どんな考えも感情もわかず、ただ呆然と天井を見上げていた。かたわらで眠る康雄の存在を思い出したのすら、ずいぶん経ってからだ。康雄の呼吸は深く、寝入っているのがわかる。
 弥は時間をかけて腕を動かし、次に足を動かしてゆっくりと起き上がった。身体を起こしたとたんに鈍い痛みが身体の芯を貫き、息が詰まった。
 上半身を起こしたまま、弥はまたぼんやりとして、今度は天井ではなく乱れたシーツを見つめた。くしゃくしゃになったシーツの上に小さな血の染みがあるのを見つける。身体の奥の鈍痛は、脈打つようなリズムで続いている。
 しばらくして目を覚ました康雄は、血を見るとひどく動揺した。
「平気だから」
 ついて来ようとする康雄を置いて、一人で浴室に入った。
 休んだほうがいいと、半ば哀願するように言う康雄に、弥はかたくなに首を振り授業に出た。

 

 正午を告げる鐘がスピーカーから流れ出すと、生徒たちはいっせいに食堂に向かう。中等部高等部の共用食堂は広く、天井が高くドーム型になっている。いつもなら食堂で康雄と落ちあって、食堂から続く小庭に出されたテーブルの一つに座って昼食をとる。弥は食堂へは向かわず、外庭に出た。なだらかな傾斜の頂きに、大きな桜の木があった。その根元、十二月の乾いた草の上に腰を降ろす。風はないが、足元からしんしんと冷えてくる。
 幹に背を預けて、弥は目を閉じた。食堂のほうから、生徒たちのざわめきが聞こえてくる。ごく短い時間だが、うたた寝をしてしまった。ゆっくりと目を開けると、紙袋を持った康雄と目があった。康雄は弥の隣に腰を降ろすと、蜂蜜パンとホットミルクを差し出す。どちらも弥の好物だ。昼前に食堂奥の厨房で焼き上げられるパンは学園の名物で、まだあたたかい。甘い蜂蜜のにおいがする。康雄はチキンとトマトの入ったサンドイッチと野菜スープを、自分の膝に乗せた。
 手の中のパンの温もりは心地よい。だが喉を通りそうにはなかった。
「ミルクより、スープのほうがいい?」
 首を振る。
 康雄の指がふいに頬にふれ、弥は思わず身を竦ませた。
「熱はないね」康雄はそれには気づかなかったように手を引く。
「痛む?」
 ふいに尋ねられた。
「さっき見かけたとき、歩き方がへんだったから」
 弥は答えようがなくうつむいた。頬が熱くなるのがわかった。まだ身体の奥に康雄の感触が残っている。
 手が重ねられる。指が絡まる。
「震えているね」
 耳に唇を寄せて、康雄がささやいた。
 違う。震えているのは僕じゃない。

 

    *

 

 立っているのが億劫になって、弥は狭い浴槽に座り込んだ。シャワーから迸る熱い湯に打たれていても、夢の中にいるような覚束無さがある。立てた膝の横に、小さな赤い印があるのを見つけた。しばらく見つめて、そこに康雄がキスしたのだと気づいた。康雄の唇がふれる様子が鮮明に浮び、最初の朝にシーツの赤い染みを見つけたときより、胸が騒いだ。あれから何度康雄に抱かれたのか、もう覚えていない。
 昼に、食堂で根室を見かけた。すでにテーブルについていた彼は食事の手を止め、永いこと弥たちを見ていた。実際には短い時間だったのかもしれない。けれど弥にはひどく永く感じられた。康雄はまるで気づいていないように、彼に一瞥すら向けようとはしなかった。彼はすべてを知っているような目をしている。弥のほうから先に目を逸らせた。根室の唇にかすかに浮かんだ冷笑は、弥の中に深く残った。
「そろそろ消灯だよ」
「うん」
 弥は髪を拭く手を止めると、机の上に広げたままにしていたテキストとノートをあわただしく閉じ鞄に詰めこんだ。
「弥」
 ささやく康雄の声は、昼間とは違う。怒って見えるほど真剣な目で見つめられると、心のどこかがざわめいた。
 正面から抱きしめられる。顔を上げると、康雄の唇の内側に傷があるのに気づいた。顔を寄せ、舌でふれると、康雄の身体がかすかにおののく。
「僕が噛んだの」
「覚えてない?」
 何も覚えていない。息が苦しいのと、身体が痛むのと、狂おしい熱。重なりあい同じ熱さになった身体は、もうどこからが自分でどこからが康雄なのかわからなくなる。
「痛い?」
「大丈夫だよ」
 壊れ物を扱うような手つきで、弥を抱きしめた。まだ、二人の境は曖昧ではない。康雄の鼓動は早鐘のようだ。両手で康雄の頬を包むと、弥からキスをした。まるでそれが承諾のしるしであるように、康雄は行動した。しかしその手つきは、やはり慎重だった。そっとふれないと、逃げてしまうとでも思っているようだ。弥はかすかに微笑んだ。逃げやしないのに。
 康雄は肌をすりあわせながら、指と唇で全身にふれてくる。まるで儀式のように。なにかを探しているように、その行為は永く執拗だ。
「康雄……」
 弥は羞恥に身をよじった。脚に添えられた康雄の手は思いのほかつよく、逃れることができない。
「どうして」
 右足の親指にくちづけたまま、康雄が目を上げる。
「だって、足……」
「じぁあここは」
 唇が膝に移動する。ぞくっと身体が震えた。
 弥はおずおずと康雄にふれる。耳にキスをすると、康雄は小さなため息をつく。
「弥……もっと、さわって」
 掠れた声には官能的な響きがある。
 直に伝わってくる康雄の鼓動はひどく速い。弥の鼓動も速かった。息苦しいのは、つよく抱きしめられているからだけじゃない。
 くちづけを受けながら、弥は康雄を手を探りあてた。あのとき康雄を拒絶できなかったのは、康雄の指が震えていたから。縋るような目で求めてくる康雄を、どうして拒むことができるだろう。
 康雄の唇が首筋を滑る。熱い吐息に弥はおののく。まだ怖い。恐ろしい。だけど逃げられない。
 窓の端に白い月が見える。風に、梢がさざ波のような音を立てている。それはまるで、密やかな雨音のようだ。

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

*「籠の鳥たち」覚書*
2000/11/17〜2002/06/21
2002/06/25 “Phosphorescence”UP
2004/04/09 検索エンジン「カオスパラダイス」に「同性の恋愛♂×♂(年齢制限無)」で 登録