ばん、と強い衝撃が背中を襲って、続いてごん、と額をそれと同様……いや、それ以上の衝撃が襲って、足立は一気に混乱した。視界はブラックアウト、目の前に星が散ってちょっとした夏の―――――花火大会?
だからって綺麗だとか思えないけれど、全然まったく。
「おい足立……足立!」
遠のく意識を引き戻した声と、背中を叩く手。二回、そして肩を掴まれた。足立の名を呼ぶ声が聞こえる。
「足立! おいしっかりしろ、……ってやったのは俺か、おい足立!」
どうにか復活して状況を把握してみれば、目の前には灰色の壁。見慣れた職場の壁だ。足立はここに激突したらしい。いくらなんでも、自分で激突するなんてわけはないから手を下した相手がいるわけで。
それで、“やったのは俺か”とついさっき声がした。と、するとだ。
「おい足立! 返事くらいしろ! 聞こえてんのか!」
「あ……はあ、はい、聞こえてます」
振り返れば目の前には推理した通りの相手がいた。短く刈り込んだ硬そうな髪に、太い眉。無精髭、くたびれかけたシャツとネクタイは足立と同じ、一番印象的なのは強い目だ。
堂島遼太郎。
堂島はどこかまだぼんやりとした足立を見て、眉間に皺を寄せる。
「おい、大丈夫か? ……やったのは俺なんだが、ってこりゃ二度目だな……」
「二度目、ですねー」
答えた足立の額に何かが触れて思わず瞠目する。ぱちぱち、と繰り返して認識した。
堂島の手だ。
額に、堂島の手が触れている。
「ど、じまさ?」
「ああ、やっぱり赤くなってるな。まああれだけの勢いでぶつかりゃ当然か」
ぶつかる。
とは。
ぱちぱち、と繰り返して刑事らしく足立は推理する。背中に衝撃。額に同じく。堂島の“やったのは俺か”発言。後ろからかけられた声、諸々から推測するに、
「堂島さんがやったんですか!?」
「…………」
「ひ、ひどいですよ、というかなんでですか!」
足立には突然後ろから襲撃される覚えはない。しかも警察署内で、堂島に。いや、堂島にはさんざん頭を叩かれたりはたかれたり殴られたりやられてはいるがそれは流れがあってのことだし。けれど、足立は今まで何もしていなかった。まったくもってこれは、理不尽だ。
いくら堂島でもこれはない。
今になってじんじんと痛みを訴え始めた額を押さえて半泣き気味の声を出し、足立は堂島に食ってかかる。
「堂島さん! 答えてくださいよ、僕なにかしました!?」
「…………」
「堂島さんってば!」
なんだか本当に泣きたくなってしまって問い詰めようと一歩足を踏み出したところで、堂島が足立を見た。それで足立は止められる。
動けなくなって、逆らえなくなって。
「いや、そのなんだ。……基からな、おまえがロクな食事してないって聞いてな」
「……え?」
堂島の家に居候している少年を思い出す。雨宮基。確かにそんな名前だった。
「インスタントばっかりだとか、キャベツを大量に買い込んだとか。それについては基の奴、おまえにそれなりの調理法を教えたらしいが、それだって栄養価が充分足りるわけじゃないだろ」
「は……はあ?」
確かに彼にはキャベツを使った料理のレシピを教わったが。男子高校生なのにいやに家事の知識があった。……それはいい。
足立は堂島を見つめる。堂島の一挙一動を逃さぬよう。
会ってからこれまでコンビを組んで。いつの間にか無意識にそうするように、なっていた。
「それから連想して、で、思ったんだ。おまえ、いつも猫背でしかも細っこい……なんてな。背もあるし、仮にも刑事って仕事を選んだ男に言う言葉じゃないがまあ事実だ。それが、こう頼りなく見えてだ。つい喝を入れてやろうとしたら」
「……やりすぎ、た?」
「……悪かった」
「どうじまさん!」
思わずひらがな発音になって叫んだ足立に、さすがに堂島が後ずさる。悪かった、ともう一度言い、指先を意味なく擦る。
「痛かったか?」
「痛いですよ!」
「そ、そうか」
つぶやいたかと同時に堂島が手を伸ばした。パブロフ反応で反射的に身をすくめてしまった足立は、次の瞬間我が身を襲った……襲った?ものに、ぽかんと。
「ど……じまさ?」
堂島が。
堂島の指が、手が、足立の額を撫でていた。額を撫で、元から癖のある乱れた前髪もかき上げていく。
気の抜けた声で足立はたずねる。
「あの……な、にしてんですか?」
「いや、その、なんだ。おまえが痛いって言うから」
原因は俺だしな、と言いつつ実に不器用に堂島は足立の額と髪を撫でていく。このひと、奥さんも娘さんもいるのになんなんだろうこの不器用さは、と足立は思いながら額と連動するかのように耳と頬が熱くなっていくのを感じていた。
堂島から目線を逸らし、ええとその、と意識して調子づいた声を足立は上げる。
「えっとその。……これはそのー……微妙に恥ずかしいんですけど……堂島さん」
「あ? ……ああ」
言葉に堂島は素早く手をどけた。足立はさっと額を押さえてなんとなくうつむく。横たわる沈黙、を打ち消すように、
「や、やだなーもう堂島さんってば、僕のこと菜々子ちゃんとかと一緒にしてません?」
あはははは、と声高く笑う。するとやはり堂島は苦虫が奥歯に挟まったような顔を変えて。
「足立!」
ごん。
だなんて冗談みたいな音を立て頭頂部に衝撃が襲い来る。声なくうずくまり、ゴッドハンドのダメージに耐える足立に上から声が降ってきた。
「今度、うちに飯食いに来い」
「ったたたた……は……え?」
「うちも基本は惣菜飯だが、一人で食うよりはマシだろ。多少は身になる。相棒がいざってときにひょろひょろされてたんじゃ困るからな」
頭を押さえる手が、手首が掴まれる。一瞬足立は息を呑んだ。力強く引き上げられ、立ち上がらされて、正面から見つめられた。
強い目。けれど、優しい目だった。
足立はへらり、と笑った。赤い額と耳と頬のままで。

「はい」



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