目の前に差し出されたものに、堂島はさてどう反応したものかと考えた。
とりあえず上に視線を向けてみる。
「……足立。これをな、おまえ、俺にどうしろってんだ」
「え。この味とかだめでした? やーっば。じゃあえーっと、」
「そうじゃなくて、だ」
慌てて乗せたままの手をポケットに突っ込み、ごそごそとやり始めた足立に向かって声を投げる。微妙に気の抜けたものを。
常日頃通りに足立!と怒鳴ってもよかったのだが、日和見めいた部下のムードにつられてしまったのかもしれない、どうも。
へ、とポケットに手を突っ込んだままで、明後日を見ていた視線を飛ばしてきた足立へ向かい、
「根本から間違ってるだろうが。俺にそんなもん渡して、どうする気だったんだおまえは」
「え、飴だから……舐めてもらおうかなって」
「俺が飴とか舐める口に見えるのか、おまえは、というかおまえの目はどうなってるんだ一体」
「……でーすーよねー」
妙な節をつけて足立がへらっと笑う。抜き出した手、でもポケットはまだふくらんでいて、そこに元々から何かが目一杯に詰まっていたのだと堂島に予想させた。
「足立」
「は、はい?」
「両手上げて、おとなしくしてろ。俺がいいって言うまで動くなよ」
「は、はいい?」
上司命令に逆らう、これを禁ず。
半笑いになって固まった足立をデスク際に追い詰め、堂島は両手を掲げた。

―――――。
「あ……あー……ははは……」
身体検査をし、ホシから押収したブツをこんもりとデスクに乗せて堂島はため息をつく。二人以外は無人の署内に虚しく響く足立の笑い声。
明らかに逃げに入っている。
「足立。……こりゃどういうことだ」
「あーの。えっと……ジュネスでですね? 安売りしてまして、その、つい」
堂島は額に手を当てると目を閉じ、長々とため息をついた。
そうするとね、しあわせが逃げちゃうんだよお父さん。
テレビで言ってたよ。
仕事帰り自宅でついこぼしたとき、娘が言った言葉が脳裏に蘇る。
だがこの状況ではため息だってつきたくなる。
「キャベツといいインスタントといい、おまえは安売りしてればなんでも買い込むのか」
「はあ。そんな感じです、大体」
「……足立」
「だってその、えーと……一人暮らしだと、割と」
そういう癖がついちゃうんですよ、と自己弁護。だからと言っていらないものまで買うことはないだろう。
「い、いらなくないですよ! ……たぶん」
「いらないもんだろうが。困って俺に押しつけるってことはそういうことだろ」
「お、押しつけるって……そんなじゃないですってば……」
言う語尾が消えていく。どう見ても、黒だった。
胸元で指を絡み合わせ情けない顔をしている。叩いてほしそうな額。お望み通りにと軽くぺちんと音を立て「いたっ」だなんて声を聞き、痛くはないだろうがと叩いた堂島の方がよっぽどな声を出す。
山のてっぺんから落ちて転がっていった一個を拾い上げ、元に戻し、猫背をさらに丸めて額を擦っている足立を見て。
「足立」
「は、はいっ!?」
「俺がおまえの上司だからだとか関係なく言っとくぞ。安いからって無駄な買い物はするな。今回で懲りただろうが」
「え、でも、そのあの」
「返事!」
「はいっ!!」
ぴん、と背を伸ばし、敬礼。
だけどそのネクタイは曲がっていた。
ころころんと飴玉が一個、二個、三個、床へと転げ落ちていった。あわあわと足立はそれを拾って元通りにてっぺんへと乗せる。
「……わかった。半分寄越せ。その辺に適当な袋あるだろ、それに適当に詰めろ」
「はい?」
乗せた端からころころと転げ落ちていく飴玉に四苦八苦していた足立が振り返り、きょとんと目を丸くする。
明らかに状況を把握してない顔と声。
「菜々子やそれから……基もいる。俺は食わんが、あいつら相手ならそれなりに需要もあるだろ」
だから寄越せ、と言えば丸くした目を何度もまばたかせて、
「―――――は、はい!」
ぱあ、と顔を輝かせ、周囲を片っ端から調べ始めた。
デスクの引き出しをガタガタと開け閉めしたり、下を覗き込んでみたり、スーツのポケットを見てみたり。
さすがに最後はないだろうと思うのだが、相手は足立だ。
堂島は何も言わずに椅子に腰かけて待つ。
やがて皺だらけのジュネスの袋を満面の笑みと共に差し出した足立は明るい声でいやー、と、
「ほんっと助かりました! も、ほんと、どうしようかなーって思ってたんですよー! いや、堂島さんってば本当頼れる上司っすよね!」
「こんなことで頼るな、馬鹿野郎」
「あいた」
ぺちんと額を叩いて、痛くはないだろうと先程の繰り返し。
両手で捧げ持たれたジュネスの袋を受け取ると自分のデスクの上へ置き、椅子を回してまた額を擦っている足立へ堂島は言う。
「しかし、最近おまえから何だか甘ったるい匂いがすると思ってたのは、俺の気のせいじゃなかったんだな」
「たた……あ、え? ああ、そりゃあもうなんとか片づけようと必死で、毎日いくつだったかなー……? 覚えてないけどかなり舐めてたんで、匂いもしたんじゃないですかね?」
「…………」
「いやもうある意味拷問ですよ、別に飽きたとかそういう次元じゃなくて、いや飽きてもいたんですけどってそうじゃなくて、堂島さん知ってます? 飴って舐めすぎると荒れるんですよ、口の中の粘膜とか、すごく」
「ああ?」
「ほんとですって! 血とか出ちゃいましたもん、僕」
「おいおい……」
つぶやいて、堂島は足立の顎に手を伸ばす。無防備なところを捕まえ、口を開かせ、
「ッ、」
「って足立、おまえな……ここまでなるまで舐めるなよ。半ばムキになってたんじゃないか?」
指先で掴んで引っ張り出した舌は薄く裂け足立の言った通りに血が滲んでいた。堂島は近くを探し見つけたポケットティッシュの袋から、何枚かを抜いてそこに押し当ててやる。
「普通に絆創膏貼るってわけにも行かないだろうしな……まあ、やたら触らないで乾燥させとけばいつか塞がるだろ」
しばらくそうしてから離し、唾液で濡れた指先をついでに拭ってうっすら赤く染まったティッシュをゴミ箱に捨てる。
「……っても口の中じゃ難し……っておい足立、何変な顔してんだ、おまえ」
「ろ、」
「ろ?」
「ろ、じまさんが」
「誰だそりゃ、俺は堂島だ」
「知ってます!」
舌が回んないんですよ!と素っ頓狂な声で叫び、耳まで赤くなった足立が飴玉の山の一角をわしづかみにし、堂島のデスク上の袋の中へ投入する。
「おい足立! 何やってんだおまえは!」
「知りませんよもう! 罰として追加です罰として!」
「何の罰だ、っておいもうそれ以上追加するな! 充分だ!」
無人の署内で二人して騒ぐ。

ころころ、と床を飴がそ知らぬ顔をして転がっていった。



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