「あーめ、あーめふーれふーれけいじさーん、がー」
「変な替え歌うたわないでよ」
いつも通りタオルを借りて頭を拭きながら笑って刑事が言う。店員はくすくすと笑った。だって雨が降ったら、刑事さん来てくれるじゃないですか。
「降ったら来るっていうか……ここに来るときに雨が降ってるんだよね、なんでか」
なんでかなあ?
不思議そうに刑事は言って拭いていたタオルを頭から外した。その姿、頭が鳥の巣になっているのを見て店員が噴きだす。えっえっ?と慌てる彼に座っていた椅子から立ち上がり、歩み寄っていった店員は手を伸ばして乱れ髪を直してやる。
「あ、そういうことか、ありがと。でもそんなやってくれなくても言ってくれれば自分でやるのに」
(知っているよ 不用意に人に触られるのは 嫌なんだよね)
「だって刑事さん、言っても的確に直せなさそうなんですもん。見当違いのとこやったりね」
「言うねー。僕だって一応きちんとした大人!なんですから、ちゃんとそれくらいはできます」
若い君とは違うんだよと刑事は胸を張った。それにまた店員は噴きだした。だって、まるっきりその姿が子供のそれだったから。
「もうすぐ霧が出るのかな?」
「ですね。気をつけないと」
視界も悪くなりますしね、それに事件が起こる。
店員が刑事を見れば、その視線はどこか遠くを向いていた。ぼうっと夢見るような視線。とろけた、甘い。
「大丈夫ですか?」
「―――――え、」
店員の言葉に刑事は我に返ったような顔をした。はっとして辺りを見回す。そして外で降る雨を見て、なんだか複雑な表情を浮かべた。
「具合でも悪くなったのかと思って心配しちゃいましたよ。それとも本当に? だったら奥で少し休んで……」
「だ、だいじょぶだいじょぶ全然っ! ただちょっとぼーっとしちゃっただけで、さ」
知ってるでしょ?君なら。
言って刑事は笑う。確かに店員は知っていた。
(そうだね 君は 霧が すごく好きで 好きで 好きで 訪れるのが待ち遠しくて)
(私も 君が訪れるのが 待ち遠しい)
(……私も霧と同じくらい、好きになってもらいたいものだよ)
くすくすと笑う店員に刑事が不思議そうな顔をする。それに店員は手を振った。なんでもない、なんでもないのだと。
「あ、タオルありがと。それと君、好き嫌いとかある方?」
「? いや、別にないですけど」
「よっし、了解」
刑事は休憩室奥の自販機前に行き、小銭をちゃりんちゃりんと入れる。ちゃりんちゃりん、続く音。
―――――ガコン。
―――――ガコン。
「はい、どーぞ」
続けざまに同じボタンを押した刑事は取りだし口から出てきたジュースのボトルを店員に手渡した。リボンシトロン。
「湿気で鬱陶しい気分になったときは、炭酸でスカッ!とね」
言いながら蓋を開けて刑事はさっそく自分の分に口をつける。店員はきょとんとした目でボトルを見ていたがやがて刑事を見て、笑った。
「あざーっす!」
元気のいい返事と共にプシュ、という炭酸音が小さく響き渡った。


「それでさあ、その日は暑い日で。買ってスーツのポケットに無理やり突っ込んだの忘れてたんだよ。で、走った後で思いだして蓋開けてみたら。……どうなったかわかるでしょ?」
「あはは、リボンシトロンシャワー。ですね?」
「です。いや、ちょっとは爽快だったけど終わったあとはべたべたするし堂島さ……上司にはなにやってんだって怒られるし」
でも美味しいよね、リボンシトロン。
あと名前が可愛いよねと続けた刑事に名前が?と店員が聞く。
「うん。なんか響きが。可愛くてさ、リボンナポリンよか好きなんだよね」
「可愛いじゃないですか? ナポリンも」
「うーん? なんか薬っぽくない? そんなイメージあって僕、まだあれ飲んだことないんだ」
「えー!」
なんていう食わず……いや飲まず嫌いですかそれって、と店員が言う。だってー、と子供じみて刑事。
「だめですよ、あれ全然美味しいですから。そうですね、今度は僕が奢ります。ほら、そこにあるでしょ? ナポリン」
「う……だめ? 飲まないと」
ボトルに口をつけて上目遣いで見る刑事に、
「だ・め・です」
人差し指を振り振り、最後には突きつけて店員が言った。
「うううう」
とたん凹んでしまった刑事を見て、店員は明るい声を上げて笑った。


「あ、雨止んできた、かな」
空を見上げて刑事が言う。ですね、と背後から店員。
「明日の霧が晴れたらもうしばらく雨は降らないってさ。君ともしばらくご無沙汰かも」
店員は言われて、刑事をじっと見る。
「あ、あれ?」
そこで“寂しいですよー”とか“そんなこと言わないでー”とか普段の店員なら言ってくることもあって、刑事はわずかに肩をずらす。
「何か……あった?」
店員は返事をしない。それどころか後ろを向いて背中を向け、刑事から遠ざかっていき、
「あ……え? ごめん、僕、なんか、」
次の瞬間振り返ると不安げな声を出した刑事に向かって思い切り、ばっと手を広げてみせた。


「―――――わ!?」
刑事に降り注いだのは小さな袋に包まれた数々の飴玉。
「飴、飴ふれふれ、ってね。雨が降らないならこんな感じの飴を降らせたら刑事さんは来てくれるかなって思ったんですよ」
「き、きみね……」
驚いたのか頭やら肩やらに飴を乗せた刑事は呆れ顔で目をぱちくりとさせている。しかしにこにこと笑っている店員を見ると。
「……うん、」
表情を変えて。
「こんな“あめ”もいいかもしれないね、ははっ」
店員と同じように、楽しそうに笑って、みせたのだった。



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