守ってくれるものだった。
周りから、有害とされるものから。小さい頃は親を信じていたので、疑問も持たなかった。無条件に従っていた。盲目にひたすらに。
健気な子供だったと思う。
おかしいと感じ始めたのは小学校の中学年、高学年になってからこれは違うのではないかと。柔らかく守ってくれるはずだったものが、いつしかきつく締め上げるものに変わっていた。
自分が変わったわけではないと思う。自分の考えが変わった、とは思うが。
結局、他人の決めたルールなんてただのその他人の自己満足でしかないのだと、確信したのは中学生の頃でそのときにはもうあきらめていた。どうしたって周囲は変わらないと思ったし、今さら変えようとするのもキャラでもないし、面倒だった。
勉強をした。
良い子でいる。あくまで親にとっての都合の良い子供。そうすれば面倒なことは起こらなかったので、あえてルールに逆らうことなんてしなかった。大学に合格して家を出るまでは、都合の良い子供として振る舞った。
ずっと。
大学に入ってもルールはついて回った。主に人間関係に関するルール。誘われれば付き合え、けれど深入りはするな、抜け駆けをするな、だが過ぎた遠慮はするな。駆け引き?ただの幼稚な揉め事にしか見えない。
しかし、それがルールなら。
笑いながら自分の中で受け流すことを覚えたのはこの時期だ。へらへらと、出来る限り人畜無害に。そうすればルール違反と咎められることもない。ある意味、自分の中でのルールが確立した時期でもあった。
警察という仕事に就いてからもルールはついてまわった。むしろ悪化したくらいだ。
上下関係、暗黙の了解、正義の味方として皆さんのために頑張りましょう。
エリートと呼ばれる立場にいれば縛りもきつくなる。破ったペナルティも、重くなるのが当然。そうしてちょっとしたミスで田舎行き。本当に、ルールにはいい思い出がなかった。

四月。あの出来事が起こるまでは。

足立透はルールに縛られて生きてきた。ルール、ルール、ルール。生きていくたびに重くなっていく、枷になっていくルール。
それが一転ルールを設定し、相手をそれに従わせることが出来るようになったのだ。
足立の始めたのは、ゲーム。偶然に得た力で始めたゲームだ。大学時代に会得したスキルで出来る限り上手く立ち回り、裏ではルールに添わせて駒を動かしていく。きっかけは完全なハプニング、予想外のものだったが軌道上に乗ってしまえば実に順調に行った。
たまに番狂わせもあったがそれはそれで面白い。柔軟にルールを変更して、ペナルティを与えればいい話だ。
自分が昔、受けた理不尽なペナルティのように、である。
一方、足立はゲーム中も自らにルールを科していた。―――――とある人には、危害を与えないように。また、自らが実行犯だとばれてしまわないように。
世の中なんてどうだっていいと思っていたが、その人物の前でだけはその人物の前で見せる“足立透”でいたかったのだ。
だがそれは失敗して、足立は二重のペナルティ、苦痛を負ったがゲームを止めることはしなかった。
今さら止められやしないし、そもそもが。
そもそもが、楽しくてしょうがなかったのだから。
さんざん振り回され続けたルール。それを使い、反対に他人を振り回すことが。翻弄することが、観察することが、楽しかったのだ。
そんな足立のゲームを阻害しようとする邪魔なプレイヤーたちには特に重い縛り、ルールを科した。
自分の世界にありとあらゆるルールを張り巡らせ、トラップを仕掛け、タイムリミットを設定した。ゲームはやっぱり、ルールがないとつまらない。そしてルールを決められるのは仕掛け人の自分だけだ、と足立は。
だっていうのに、なのに、プレイヤーたちはルールを守ってくれない。
あきらめてくれないし倒れてくれない。消えてくれない。正義感を振りかざして足立のルールを否定する。
足立の世界で、自分たちのルールを言い張る。
足立が自らに科していたルールを台無しにしたのは、他でもなく自分たち自身だっていうのに、だ。
どうしてわかってくれないんだろう。
宣言されたルールは守るものだし、マナーだっていうのに。
何も解らない子供のくせに、知らないくせに、仮にもゲームに招かれておきながらルールを守らないなんてふざけている。
どうせ霧が蔓延してしまえば皆が一緒、ぐちゃぐちゃになって駄目になる世界だけど、それまではルールに従ってくれないと。でないと、

足立透のしてきたことは一体何だったのか。


……足立は、ルールに従って罪を認めた。
死ぬことを許されず、生きて償えと、そう。それは自らに相応しい結末だと足立は思う。
つまらない人生だった。そこへ唐突に降って沸いた力、試しに始めてみたゲームに夢中になった。ルールに振り回され続けた人生。逆に自分のルールで振り回してやるのが、楽しくて楽しくて。
けれどきっとそれは違っていたのだ。
足立が自らに科したルールを破った日、足立を見限っただろうと思っていた人は驚くべきごとに足立を懐の中から落とさずにいてくれた。ゲームに陶酔して耽溺していた足立がそれでもずっと忘れられないでいた人が、だ。
その人の甥は、倒れて全てを投げ出し喘ぐ足立にひとことだけ言った。
―――――叔父さんにとって、あなたは。
そして動けない足立を背負うと現実の世界へと連れ戻した。何か自分と似た、しかし決定的に違うものを感じ、憎くて仕方なく、ウザい、消してやる、と叫び、嘲笑い煽った相手に今、足立は手紙を書いている。
こんな世界なんてくだらない。消えてしまえばいいと思っていた。自らを縛るルールなんてものは害悪でしかないと。
……足立は、ペンを取る。書いていた途中の続きを綴る。
“たったこれだけのこと、役に立つかどうかわからないけど―――――”

少しでもあの人の、甥の。彼らの助けになれるのならば、足立にとってそれは素晴らしく嬉しいことだった。
面会に来てくれるあの人の顔は未だにまっすぐには見られない。
でも、足立は伏し目がちにでも顔を見て、苦く笑う。変わらず、だけど少し辛そうに馬鹿野郎などと言い足立、と名前を呼んでくれる、かつての上司の笑顔をプラスティックの板越しに見て。



―――――ーる



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