『山岸! これからエントランスへ戻る。悪いけれどみんなに待機してもらっておいてくれるかな?』
ネットワークを伝わって宮前の声が風花へと届く。はい、と答えるが早いかそちらがわの状況は、とたずねノートパソコンのキーを叩く。パチパチパチパチ。軽やかに踊る指先。サポート担当として秀でた能力を持つ風花は一度にいくつかの事態に対処することができた。
キュイイン。音がして緑色の光が淡く輝く。
「大丈夫ですか、リーダー……」
言いかけて、振り返り、そのまま固まる風花。
「ああ、うん。大丈夫。……俺は、大丈夫なんだけど」
「予想外の非常事態発生であります」
「ワン!」
なにやらを小脇に抱えて片足をぶらぶらと揺らす宮前。隣で美しく敬礼をするアイギス。続け、とばかりに吠えるコロマル。
エントランスで待機していたメンバーたちは、その様子を見て上手く言葉が発せなくなっていた。おかしいぞ?だけど、どこが?ねえ、どこがおかしいのよ順平。……って!オレッちが知るかってーの!つーかこっちが聞きたいっての!なによ!たまには役に立ったらどーなのよっ!あーもー!
いつものごとく始まった喧騒を尻目に、美鶴が宮前たちに歩み寄っていく。喧騒を引き裂くような冷たいヒールの音。カツ、カツ、カツ、コツン。
「宮前」
「はい」
「私が予測するに……“それ”は、荒垣か?」
喧騒が止む。宮前は少し考えて、それから笑った。眉を下げて申し訳なさそうに。
「はい」

次の瞬間爆発した絶叫に、宮前は小脇に抱えていた荒垣をぎゅうと前に抱き、耳を塞いでやった。
もっともそんな親切などどこ吹く風。荒垣は非常にご機嫌ななめのご様子で、しかしされるがままになっていた。

「ミステリーフード……」
「ミステリーフード……」
「ミステリーフードか……」
「ミステリーフードですか」
こくりと宮前はうなずく。その腕の中の荒垣もつられてうなずきかけ、ちっ、とそっぽを向いた。
ミステリーフード。回復系アイテムに入る類のものであるが、まれに副作用をともなうことで知られている代物だ。回復手段が充実している今、わざわざ使うべきものではないと部員全員が判断している。
それを使うときは、のっぴきならない非常事態だと判断された時。
「……で? 今回が、その非常事態だった、と」
「…………」
「……荒垣?」
うつむく様に、美鶴が首をかしげて目線を彼に合わせる。
「……俺が」
低く、しかし明らかに子供の高音で荒垣がつぶやく。さきほどうなずきかけた際にずり落ちかけたニットキャップを引っ張り上げながら。
「俺が、ヘマしたんだ。支援の届かないところまで飛ばされちまった。だから手持ちのこれでとっさに……」
「違いますよ、荒垣さんのせいじゃありません。俺がきちんと気を配っていれば」
「おまえだって危なかっただろうが。てめえのことをまず第一に考える、それがリーダーってもんじゃねえのか?」
「いいえ。メンバーの無事が第一です」
「……おまえな」
「荒垣さんの意見でも俺は譲りません」
男と男の意地のぶつかり合い。だがしかし、片方は体つきも華奢な典型的インドア系タイプ、片方は小学生。
格好のつかないことったら、ない。

「いまはそんなこと言ってる場合じゃないんじゃないですか」
冷静な声に宮前、荒垣のみならずその場の全員がそちらを向く。
「原因の追究とか。戻る方法とか。わかってるんですか? 副作用です、だけじゃなにもわかってないも同然なんですよ?」
当然のことを当然のような声で言ったのは最年少の天田だった。小学生に的確なことを厳しく追求されてしまい、残りの面々は黙るしかない。
「まったく」
「あっ、あのね、天田くん……私、出来る限り調べてみようと思うの。影時間とかシャドウとか……そのデータを分析すれば、きっと、なにか手がかりくらいは……見つかると思うから」
「よし、頼んだぞ山岸。私も協力しよう」
「俺にも、なにかできることがあったら」
「ああ。長くなりそうだな……」
ため息をついて、ふと美鶴が視線を上げるとそこには奇妙な光景があった。
「天田?」
数分前の冷静さはどこへやら。槍を片手でぶら下げて、天田がにこにこと微笑んでいる。隣にいるのは―――――荒垣だ。

「荒垣さん、武器、重たくないですか?」
「……こんなの、なんでもねえ」
「そうですか?無理しないで、下に置いちゃったほうがいいですよ。ほら、手が震えちゃってるじゃないですか」
「! …………」
「あーあ、きつく握っちゃってたから跡がついちゃってますね。回復、かけます?」
「いるか!」
「そうですか。無理しなくていいのに」
「……俺は別に、無理なんてしてねえ……」
「あ!荒垣さん、ちょっと僕の横に立ってみてくれますか?」
「な……なんだ、いきなり」
「いいですから、ほら、ほら」

天田は手をかざした。
荒垣のニットキャップの上にぽん、とそのてのひらを置く。

「僕より小さくなっちゃったんですね、荒垣さん」

(うわあっ!)
思わず口元をおおって目をそらすゆかりと順平。なんて、なんてまぶしすぎる笑顔!あんな天田少年の笑顔をふたりは見たことがない。
(ちくしょう……なんていい笑顔だ!なんていい笑顔なんだ、天田少年!)
(正直、勝てる気がしないわ)
(いや、勝たなくていんだよゆかりッチ。つかあれだな、あれは心にムド直撃って感じだな、荒垣さん……)
(なに言ってんの、天田くんはハマ……あー……いや、この場合は順平の言ってることが正しいのかもねー)
こそこそと密談するふたり。
天田が目を光らせる。
「何か?」
「いや! いやなんでもねえから! ドウゾオレタチノコトハホットイテクダサイ」
「なんでカタコトなのよ」
「だって天田少年怖ええんだもん」
「聞こえてますよ、順平さん」
「天田イヤーは地獄耳!」
叫んだ順平に冷たい視線を投げかける天田。順平は震え上がった!
「シンジ」
どことなく緊迫した空気の中、のほほんとした声が割って入った。
真田だ。
のほほんとした顔で近寄ってくる真田に、さすがの荒垣も思わず後ずさる。
「な、なんだ、アキ」
「いや。昔を思いだしてな」
懐かしいなと。
あっけらかんとそうつぶやいて、真田は荒垣の前にしゃがみこんだ。
「うん。昔のシンジそっくりだ」
「あの、真田さん? それは一応荒垣先輩本人ですけど」
「……一応たあなんだ」
順平を半眼で睨みつけながらがっくりと肩を落とす荒垣。疲れきったという表情だ。
「荒垣さん。疲れてるんじゃないですか?もう今日は戻った方がいいですよ」
宮前が言う。それに風花もこくこくとうなずいた。
「荒垣先輩、今日はゆっくり休んで下さい。わたし、頑張って原因を究明しますから!」
「そうですよ、荒垣先輩」
「そうっす!」
後輩たちに一気に言われ、荒垣は逃げ場をなくした。ち、と舌打ちをしてつぶやく。
「ったく……格好つかねえったらねえぜ」
鈍器を引きずりながら出口へ歩いていこうとするのを、よく通る声で真田が引き止めた。
「ちょっと待て、シンジ」
「あ?」
「疲れてるんだろう。それにその大荷物じゃ寮まで無事に帰れるか怪しい。俺がついていく」
荒垣は目を見開く。美鶴がなるほど、と顎に手を当てる。
「そうだな。明彦、頼めるか」
「もちろんだ!」
元気よく答えると、真田はしゃがみこんだ。荒垣に背を向ける。
「おいアキ。なんだその格好は」
「何って。背負っていこうかと」
「いらねえよ!」
「いいトレーニングにもなる。さあ、遠慮しないでおぶされ! シンジ」
大きな声で宣言する真田。その瞳はきらきらと輝いている。
荒垣は呆気に取られた顔をして。
それから、大きくため息をついた。
「言い出したら聴かねえからな、昔からおまえは……」
よいしょと(小学生から見たら)広い背中におぶさると、荒垣は言った。
「いいかアキ。くれぐれも暴走するな。安全運転で行けよ」
「ああ!」
声を張って答えると、真田はばっと走り出す。荒垣は慌ててその首っ玉にしがみついた。
「おいこらアキ! 人の話聞いてんのかてめえ―――――」
抗議の声がフェードアウトしていく。みるみる内に遠ざかっていくふたりの姿を見ながら、
「真田先輩、相変わらずだな」
「まあ真田先輩だしね……」
「ゆかりちゃん、順平くん、そんな風に言ったら悪いよ」
「そういえば絶好調だったな。今日の真田先輩」
「まったく、明彦らしい」
「まったくですね」
「まったくであります」
「ワン!」
SEESの面々は、思い思いにそれぞれの意見を口にしたのだった。



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