体が熱い。
思い通りにならないのにいらいらしていると、突然ドアが開いた。
「……アキか」
ドアに背を向けたままつぶやく。すると、なんでわかったんだ、と驚いた声を上げるので荒垣は無愛想に答える。
「ドアをノックしねえで開けるのはおまえだけだ」
昔から。
真田は、ずっとそうだった。
「なるほどな」
感心したように真田は言って部屋の中に入ってきた。ベッドの傍に椅子を持ってくる。がたん、と音を立てて腰かけた。それに合わせるようにあおむけになって見た顔は、いつも通りの真田の顔だった。手に林檎の乗った皿。指先は絆創膏だらけ。
荒垣はため息をつく。そして苦笑した。
「なんだシンジ、なにがおかしいんだ」
「なんでもねえよ」
「人の顔を見て笑っておいて、なんでもないということはないだろう」
「ったく……うるせえなあ」
俺は具合が悪いんだと言うとはっとした顔になって「すまない」と謝る。これで静かになるかと思ったが、甘かった。
「!」
額に突然手を当てられて、荒垣はぎょっとする。
「な、に」
「やはり熱いな。風邪薬はちゃんと飲んだのか?」
それをきっかけに真田はべらべらと喋り出す。喉は渇いていないか、寒くはないか、寂しくはないか、辛くはないか、あれこれあれこれ。
フォークを突き刺した林檎を差し出してきながらまだたずねてくる。
「そうだ、汗をかいているんじゃないか。着替えさせてやろう。さあ脱げ、シンジ」
「誰が脱ぐか!」
「なんだ。俺とシンジの仲だろう? まさか恥ずかしがってるのか?」
昔はよく一緒に風呂に入ったじゃないか、そうだ今度一緒に入ろう、背中を流してやる。
久しぶりだなあなんて幸せそうに笑みを浮かべた真田を見て、つくづくマイペースな奴だと荒垣は抵抗する気力を失った。静かになった荒垣に、不思議そうに真田が首をかしげる。
「シンジ?」
「アキ。頼むから……寝かせてくれ」
「ああ、そうか。風邪には栄養と睡眠が一番だというからな」
うんうん。
一人で納得したようにそううなずくと、真田は何故だか荒垣のかけている布団をまくり上げる。
「アキ」
「うん?」
「なんで、入ってくんだ」
「添い寝をしようと思って」
「だからなんでだ!」
「昔調子の悪い時よくやっただろう。加えておまえが怖い夢を見た時はいつも手を繋いで寝た。忘れたのか? シンジ」
「……忘れたに決まってんだろ。昔のことなんざ」
「なに、照れることはない。俺とおまえの仲じゃないか。さ、もう少し詰めてくれ」
「こらアキ! てめえ……おい! 冗談じゃ、ね、」
ぴたりと。
寄り添って布団をかけ直した真田はこれでよしというかのように荒垣を見て晴れやかな笑顔を見せた。
「さあ寝ようシンジ。怖い夢を見たらいつでも俺を起こせ。すぐ起きる。約束だ」
「…………」
沈黙した荒垣に満足したのか、真田はいっそう晴れやかに笑うとまぶたを閉じた。汗ばんだ手を上から包み込むように握りしめる。

“怖い夢を見たら”

「…………見るか、バァカ」
おまえが、いるなら。
続きは声にならずに消える。固く握られた手は離されることはなさそうだ。荒垣はため息をついてまぶたを閉じる。
速やかに眠りはやってきた。安らかに夢に落ちるだろう。それに少しだけほっとして、荒垣は自分を手放した。



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