―――――ああ、宮前か。悪いが少し付き合ってくれないか。なに、すぐに済む。
昨日のタルタロスでの話だ。モナ……ド、だったか。あそこで鍛錬を積んだだろう?すごいな、あそこは!敵の強さが段違いだ。不謹慎だがワクワクしてしまって……って、これは美鶴には内緒だぞ。処刑されるからな。
ん?どこへ行く。飲み物?俺の分も買ってくれるのか?ならモロナミンGで頼む。おまえは?剛健美茶か。なに?四谷さいだぁも買うのか?はは、いくらおまえの胃袋が異次元でもあまり欲張るのはやめておけ。順平が言っていたぞ。おまえのペルソナは胃袋に収納されているんじゃないかって―――――っと、話が逸れたな。モナドでの話だった。
恥ずかしい話だが、俺たちはほとんど戦力にならなかっただろう。シンジもコロマルも……生きていれば幸い。何度も死んだな。そう。問題はそこなんだ。
宮前、おまえだから話すんだ。他言無用で頼むぞ。
シンジ……のことだ。
何度目かは覚えていないが、死地から戻ってきて……まだ意識もはっきりしない状態、いわゆるグロッキーってやつさ。
それでも俺は真っ先にシンジに目をやった。
その時、シンジは真の姿を俺に見せていたんだ。
くそっ!誰よりも近くにいたっていうのに俺はどうして今まで気づかなかった!俺は自分が情けない!これだからシンジも……うん?
……すまない、取り乱した。シンジのこととなるとどうも気が昂ぶってな……わかってはいるんだが。

端的に言おう。
宮前……シンジは、天使だったんだ。

シンジがすっくと立ち上がった時、羽根が舞ったのを確かに俺は見た。見間違いじゃない。俺の視力を侮るな。
こう……ふわっと羽根が舞って……すぐ戻ったが、俺は確かに見たんだ。
考えてみれば、思い当たることは多々あったんだ。なんで夏なのにあんな格好をしているのかとか……あれは、羽根をしまっておくためだったんだろうな。多少厚着をしていてもまさかその下に羽根を隠しているとは思うまい。シンジの奴……!
どうして俺に話してくれなかったんだ!俺はそんなに頼りない男か?俺はシンジのためなら、刈り取る者とだって戦ってみせる。そして勝つ!
当然だ。俺はシンジのためならなんだってする。そう決めたんだ。あの日から…………ん?
どうした宮前?

「えっと、宮前くん……“自分もよくわかる”? そんな思考波を感じます。真田先輩驚いてますね。あ、立ち上がって手を握りました。わ……真田先輩、目がキラキラしてる。“そうか宮前、わかるか!”すごく興奮してますね。え……“俺の好きな相手も似たようなものだから”って……? し、死神? え、え? どういうこと?」
「……もういい山岸。俺が直接行ってナシつけてくる」
「え、え、え、だ、駄目ですよ荒垣先輩っ! 暴力はよくないです! 真田先輩も、悪気があって言ってるわけじゃ」
「だからこそ性質が悪りいんだ。いいか山岸。アキを甘やかすな。甘やかした結果が……これだ」
ニットキャップを深く被った荒垣は、席を立つと階段を登り始める。おろおろとそれを見送る風花。
そこでマニキュアを塗っていたゆかりがぽつりと言う。
「ねえ順平。真田先輩に教えてあげた方がいいんじゃないの? 蘇生する時は誰でもそうなるものなんだ、って」
「ってなんで俺だよ! ゆかりッチが言えばいいじゃねえか! やだよ俺!」
「わたしだって嫌よ。面倒なことに巻き込まれたくないし。そもそも、宮前くん知ってるんでしょ? なんで教えてあげないのかな……いつも余裕で生き残ってるんだから、仕組みはよっく身にしみてわかってるはずなのに」
「ああ、そりゃあれだろ。静も大概……」
順平が言いかけたところで上から怒鳴り声と耳をつんざくような爆音が轟いた。三人は揃って身をすくめる。
「ペ、ペルソナ反応っ? 荒垣先輩、まさか……」
青ざめる風花。しん、とラウンジが静まり返る。しばらくしてから、は、はは、と順平が空笑いした。
「ま、まーさーかー。んなわけないっしょー。いくらなんでも、口喧嘩にペルソナ持ち出すなんてそんな」
「だ、だけど確かに今のは荒垣先輩のペルソナ反応で…………あっ」
真顔になって風花を見つめる順平とゆかり。
「……風花?」
宙を見つめて黙り込んだ風花に、おそるおそるゆかりが声をかける。風花は、ゆっくりと口を開いた。

「真田先輩の生体反応……消失しました」

沈黙。

その一瞬後には、絶叫を発して全速力で階段を駆け登る順平とゆかりの姿があったという。
甘やかすのもほどほどに。口喧嘩もほどほどに。天然もほどほどに、という教訓を得た二年生三人だった。



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