「いいから岳羽、それを貸せ! 悪いようにはしないしすぐに返す、代わりの武器も渡す! 黒沢さんのところで買った武器だ! いまのところ最強だぞ! なに!? 理由!? いいだろうそんなこと!! いいから早く貸すんだ、なに?俺に弓は使えない!? 馬鹿にするな! 知っているさそんなことは、俺を誰だと思っている! 理事長と一緒にするな! さあはやくほら貸すんだ早く、俺は先輩だぞ! 先輩の言うことが聞けないのか岳羽! いいからはやく、」
「ってもう、うるさいっつの順平! なんなのそれ! モノマネのつもり!? 宴会芸にしても全ッ、然、似てないから! ていうかなんで真田先輩なのよ。バカじゃないの? てゆーかバカじゃないの?」

ラウンジ。
ファッション雑誌を読んでいた岳羽ゆかりは、近くで騒ぎ立てる伊織順平を睨みつけ容赦なくそう言った。吐き捨てるようにである。
この少女、かなり容赦ない。
それに順平はにゃははーと笑いつつ、トレードマークの帽子をくるりと回しソファの背に体をもたれかけさせた。そしてだってよお、とつぶやく。
「だってよゆかりッち、この前のタルタロスでゆかりッちだって感じてただろ? 真田さんのあの視線! あれはあれだね! ハンターの目だね! そうオレっち確信しました、オレッちの目は確かよ?」
「あんたの目なんて一番信用できないってーの……まあ、視線を感じたのには一応同意しとくけど。なんていうか、刺さる? この前、偶然に宮前くんがうみうしの限定牛丼特盛りゲットしてきた時よりもすごい視線を感じたけど……」
「だろだろ!? でっしょー!? だっから言ったっしょ! アレは絶対ゆかりッちの武器狙いだね、それしかねえ」
「…………かけらでもあんたの中に真田先輩がわたし狙いの可能性はないってのがよくわかったわ。すっごい頭来るけどまあ、しょせん順平だし流しといてあげる。で? なんで真田先輩がわたしの武器を狙うのよ」
「そこだね」
ゆかりの言葉に、順平はやおら真面目な顔になりびし、と指先をその顔に突きつけた。露骨に嫌そうな顔をするゆかりにかまわず順平は、
「なにごとにも“ワクワクするだろ?”でレッツチャレンジの真田さんだ! つまり、ゆかりッちの使うその武器に目をつけたと見た」
その言葉にゆかりは目を丸くする。雑誌のページをめくる手も止めた。「え?」顔中、体中で、そう言っている。
「って……真田先輩は弓なんて使えないじゃない! それがなんで」
「レアっぷりだよ」
今度こそ、完全にゆかりは言葉を失う。「……は?」顔中、体中(略)いたけど。
「それさ、静が依頼とかで手に入れてきたなっかなか手に入んねえとかいう武器だろ? 真田さんなら気になっちゃってしょうがないと思うんだなー。それこそ使えなくても手に入れたくなるくらい」
「は…………はあ? 順平、あんたなに言ってんの? バカじゃないの? ほんと、バカじゃ」
「強情はよくないぜーゆかりッち。“それもアリね”その顔がそう言っているッ!!」
慌てて顔に手を当てるゆかり。そうしてから―――――憤怒の表情。顔を真っ赤にして、眉を吊り上げ、順平を睨みつけた。
「バッカじゃないのバカじゃないのあんた本当にバカじゃないのていうかバカ! もうあったまきた! 付き合ってらんない! イオ!」
「へ!? ちょっとゆかりッちタルタロス以外でペルソナとか……ギャー! きんし! ガルきんしガルきんしガルきんしー!! うおおおおおお、いってえええええ! 顔がいてえ! 顔が超いてえ! やめてマジやめて! 謝るから許してくださ ギャー!!」
怒髪天といった勢いでガルを連発するゆかり、のた打ち回って絶叫を上げる順平。そこに上の階から降りてきた風花が顔を覗かせ……
「な、なにやってるのゆかりちゃんに順平くん!?」
甲高い声で、もっともな絶叫を上げたのだった。

「さ、真田先輩の視線……かあ……」
うんうんとうなずく体中絆創膏だらけの順平とそっぽを向いたゆかり。それに明らかに困った顔をしながら、風花は頬に指先を当てつぶやく。
「でも、わたしもちょっと気になってたかも。宮前くんと違って、みんなは自分専用の武器しか使えないんだよね? 先輩たちがそれを知らないわけはないと思うの。だったら、真田先輩がゆかりちゃんのあの弓に執着する理由ってなんなのかな……」
しん、とラウンジに沈黙が落ちる。三者三様のシンキング・タイム。しばらくして、風花がはっとしたように目を見開いて顔を上げた。
「もしかして……!」
「な、なに風花? なにかわかったの?」
特殊なサーチ能力を持つ風花だ。ゆかりも自然と真顔になって食らいつく。それにうん、とうなずきを返し、もしかしてだけどね?と、風花はつぶやいた。
「もしかして、なんだけど……。荒垣先輩のことと関係があるのかも……」
「へ?」
唐突な人物名の登場に、ゆかりと順平がそろって聞き返す。声はしっかりとそろっていた。ナイスコンビネーション。
「な、なんでそこで荒垣先輩が出てくるのよ風花」
「うん……あの、そのね? ゆかりちゃんも順平くんも知ってるよね? 荒垣先輩への、真田先輩の気持ち」
ああ―――――はい。
とたんにげんなりとして力を失うふたり。いや、嫌ではない。嫌ではないし差別するつもりもない。だけど、なんか“いや”だ。“否”だ。その話題は否。
「それでなんでわたしの武器が真田先輩の標的に……」
「キューピッドの矢」
「は?」
理解不能だ。
思わずそんな顔になったふたりにかまわず、真剣な顔で風花は続ける。
「あれって、好きな相手の胸に刺せば恋が成就する“キューピッドの矢”にすごく似てると思うの。だからね。だから、真田先輩」
「いや待て。ちょい待ち。頼むから待ってくれ、風花」
「え?」
なに、と不思議そうに首をかしげた風花に、順平が立ち上がって絶叫する。

「いくらなんでもそりゃねえよおおおおおお!」
「きゃっ!」
「いくら! いくらあの! いくらあの真田さんでもそれはないっ! それはない! ていうかあったら俺泣くッ! 泣いちゃうッ!!」
うおおおん、と男泣きをする順平を呆れて横目で見ながら、しかしゆかりも風花へと告げる。
「ごめん風花。わたしもいくらなんでもそれはないと思うわ」
「えっ、えっ? そ、そうかなあ……? だって真田先輩、この前わたしの部屋に来て“山岸。恋に効くおまじないとやらの本があったら貸してほしいんだが”って」
「さなだせんぱああああああい!!」
「ぶっちゃけありえないんですけどおおおおお!!」
絶望した!この世のすべてに絶望した!と言いたげな絶叫がその場に轟く。その時だ。

「岳羽? 伊織? どうした一体」
「……なに騒いでんだ、てめえら」
渦中の人物ふたりが、そろって姿を現したのは。
「あ、真田先輩、荒垣先輩!」
“ひっ”とトラウマになりかけたような声を発したゆかりと順平に代わり、風花が魅惑のウィスパー・ボイスで挨拶する。がたがたぶるぶるがくがく。そんな調子で震えているふたりを怪訝そうに見やる双子座ふたりに、風花が眉を寄せて事の説明を始めたのだった―――――。

「…………」
沈黙。
とても重い。
荒垣は頭を押さえ、ずり落ちそうな理性とニット帽を懸命に留めていた。だが、隣の真田はけろりとした顔で、
「なんだ、そんなことか」
「そんなこと!?」
「そんなこととかって真田さん!!」
悲鳴を上げるゆかりと順平に真田は爽やかな笑顔を見せると、白い歯を光らせて。
「もっと早く聞いてくれよ。そもそも、そんなもの俺とシンジには必要ない」
「必要……ない? あの、真田先輩、それって、」
「俺とシンジは相思相愛だ。なあシンジ?」
「ちょ!」
あっけらかんと言い放って下さった先輩に、愕然としたゆかりと順平のユニゾン。ああ、地獄が―――――!再びがたがた(略)とし始めたふたりの視界に、予想外の光景が目に飛び込んできた。

「ば……馬鹿野郎アキ! 人前で、そんなこと言うんじゃねえよ、てめえは!」
え?
「ははは、シンジは昔からそうだったな。何を照れることがあるのか俺にはわからない」
はい?
「てめえこそ昔からちっとも変わらねえ……ああ、もういい! 知るか!」
「どうしたシンジ? 俺が何か悪いことでもしたか?」
「……悪くねえから、悪りいんだよ、馬鹿野郎が……!」
あの、その、えーと、その。

てっきり荒垣真次郎・撲殺ショータイム☆が繰り広げられるとばかり思っていたふたりは呆然とその様子を見守る。というか、他に何もできなかった。したくなかった。無理です。無理であります、サー!
レモンだかイチゴだかスゥィーティーだかの甘酸っぱい青春ラブ☆コミュニケーションが目の前で展開されている。まるでどこかの少年漫画のテンプレ鈍感主人公とツンデレヒロインのような。
結局その雰囲気に押され、何故真田明彦が岳羽ゆかりの武器をじっと見ていたかの追究はとうとうできなかった。
というか、この有様では「岳羽ゆかりをじっと見ているようで実はその奥にいる荒垣真次郎を見ていたのでした」とか、そういうオチが待っているのかもしれないし。

「ところで真田先輩……この前のおまじないの本は、一体?」
「ああ。あれは美鶴がだな」
「ほう。面白いことを話しているようだな明彦。―――――処刑する!!」
「予備動作一切なしッ!?」



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