「……シンジ。生きてるんだな」
「……ああ」
どういうわけか、生き残っちまった。
病室のベッドの上、上半身だけを起こしてそう言った荒垣に、真田は真摯な目を向けて。
「そんな風に言うな。俺はおまえが生きていてくれただけで。……死ぬほど、嬉しい」
「…………」
病室に落ちる沈黙、それを振り払うように荒垣が言う。ぶっきらぼうに。いつも以上に、ぶっきらぼうに。
「おまえが死んでどうする。俺が生き残ったってのに」
「……そうだな」
そうだな、シンジ。そうだな。
真田は何故だか、感激したように繰り返して荒垣の手を握った。包帯が巻かれた手。痛々しい、その手を。親友のその手を。
いや、――――想い人の、その手を。
「あいつが助けてくれたんだろうよ。あの、……茜が」
宮前茜。少女ながらにシャドウたちに立ち向かい、ニュクスまでもを退けた彼女。一度はそんな彼女と恋仲のような関係になった、だが、やはり自分の還る場所はここにしかないのだなと。
真田の。
元にしか、ないのだなと。荒垣は理解した。理解して、己の生きている意味を、噛みしめた。
「茜はどうしてる」
「元気だぞ。部活に、生徒会に、委員会もやっていたな。俺たちが卒業したらあいつが生徒会長になるんじゃないかだなんて、ははっ。美鶴が言っていたが、あながち的外れな予想じゃないかもしれないな」
「……そうか」
それで。
それだけで、充分だと思えた。生きている。みんながみんな、生きている。あのチドリという少女も生きていると聞いた。奇跡、というのは案外近くにあるものだ。近くにありすぎて、普段は気づかないのかもしれない。だから。
だからこそ、噛みしめよう。この青年と共にいられる幸せを。
「そうだ、シンジ」
「なんだ? アキ」
「おまえが寝ている間にバレンタインデーもホワイトデーも終わってしまったぞ。だから今年は、いや、来年か? とにかくこれからは、俺たちは」
「おいちょっと待てアキ」
思い出した。
この青年は突然おかしなことを言いだす青年だったのだ。
「バレンタインデーにホワイトデー……? おまえいきなり何を言いだすんだ?」
「ん? いやな? 岳羽や山岸が騒いでいてな。好きな相手に渡したの渡さないの、お返しがもらえるかもらえないかと。それで連鎖的に、そういえばそんな行事もあったなと思いだして」
「思いだすなそんなこと」
きっぱり、すっぱりと言い切る。先程までの雰囲気はどこにもない。真田自身が吹き飛ばして消してしまった。
荒垣はベッドの上、自由にならない体で思う。……ああ、アキ。おまえ、昔からそうだったよな。昔から、空気が読めない奴だったよな。
けれど今、それをここで存分に発揮しなくともいいだろう!?
「おまえは同じ学校の女たちに山ほどもらったんだろうが」
「もちろんもらったさ。だけどなシンジ。ああいったものは量じゃないんだ。質だ。質なんだ」
「……それ誰が言った」
「伊織だが?」
イオリジュンペイ。……ああ、ああ。何となくだが覚えている。チドリとかいう少女が生き返って今ではうきうき浮かれまくりの恋愛中だろう。だがこちらにまで迷惑をかけるな!
「俺は質で勝負するならばやはりシンジからもらいたいと思ってな。名前も知らない女生徒からのチョコレート百個より、シンジからの一個の方が価値がある」
「……泣くぞ。その百人が」
「かまわないさ」
シンジのためなら。
言われて荒垣はくらくらとする。ああ、そうだった。こういう奴だった、真田明彦という奴は!
馬鹿みたいに真っ直ぐで、気障で、それでいて正直で、素直で。とにかくモテるくせに女になど見向きもせずにトレーニングに身を委ね。結果、何人の女が影で泣いたと思ってる。それこそ百人はいるんじゃないか?ああ、もう、まったく!
「……アキ」
「どうした? シンジ」
声が震えているぞ?聞かれて、その声が心配そうな響きを帯びていたから怒ることもできなくて、ベッドの上の体も自由にならなくて。
荒垣はただただ、羞恥しながら「……自重しろよ」と、幼馴染みに忠告することしかできなかったのだった。



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