「ねえ、いつも何を聞いてるの?」 イヤホンを装着していた宮前は、明るい問いかけに顔を上げる。するとそこにはにこにこと笑う望月の姿があった。相変わらず無防備に笑う。ひとなつこい犬か猫のようだ。 「いろいろだけど。……聞いてみるか?」 シャカシャカと音漏れがしているがきっと望月には聞こえない。そう予想して聞いてみる。 「……うんっ!」 笑顔の最大出力を上げて、答える。それにうなずきを返して宮前は片方のイヤホンを外した。 「もっと近くに寄らないと届かないぞ」 「了解っ」 アイギスのように敬礼してみせて望月はおどけてみせる。言葉通りに宮前の傍に近づいて、渡されたイヤホンを受け取った。 「なんかドキドキするなあ」 ドキドキ?ワクワク? 古本屋の老夫婦を思い出す。いつもお土産をくれる、宮前たちを孫のように扱ってくれるふたり。 かにパン。 そういえばお腹がすいた。そんなことを思いながら、宮前はぼんやりとイヤホンから流れてくる音楽を聴いていた。 期待たっぷりの顔をしながら、望月はイヤホンを耳に装着する。 とたん期待に満ちた顔が、なんだかしおしおとしおれていくのが目に見えてわかった。 「……巫女巫女ナース?」 理解不能だ。 そんな顔でつぶやく望月に宮前はうん、と答えを返す。 「巫女さんなの? ナースなの?」 「巫女でナースなんだよ」 「それはまた……」 ずいぶんとハイブリッドだね。 つぶやく望月。 「他にもいろいろ入ってるけど。聞くか?」 「どんなの?」 「ワンダーモモーイとか。ふぃぎゅ@とか」 「ごめん。タイトルだけ言われても僕わからないや」 困ったように眉を寄せてつぶやく望月に、宮前はそう?とだけ返した。 「嫌いだった?」 「あ、ううん。そんなんじゃないけど。面白いと思うよ、すごくね。だけど意外だなあって思って」 「意外?」 「うん。僕てっきり宮前くんは洋楽とかそういうのを聴いてるかと思ってたから」 「そういうのも、聞くけど」 むしろそっちの方が多い。 その答えに望月は複雑そうな顔をした。 「今日は巫女巫女ナースの気分なの?」 「まあ、うん」 そうだな。 さらりと答えて、宮前は携帯プレイヤーをいじる。 「変える?」 「あ、ううん! 別にいいよ!」 今日はそういう気分なんでしょ? 健気にそう言う望月。宮前は少し黙ってから、そうか、とだけ答えた。 放課後の教室。人気は少なくなったとはいえまだまだ生徒は残っている。そんな中で顔を突き合せてイヤホンを片方ずつ分け合っている宮前と望月に、なんだか妙な視線が集まっている、気がする。 シャカシャカと音漏れ。宮前は少しボリュームを絞る。 「よう、静に綾時!」 そんなところに鞄を背負って順平がやってきた。友近も一緒だ。 「なにやってんだよ」 「あのね。宮前くんの秘蔵ソングを聴いてたんだ」 「秘蔵ソング?」 「巫女巫女ナース」 「おまえまたそんなの聴いてるのかよ!」 順平は叫んだ。宮前は不思議そうな顔をする。 「いけなかったかな」 「いや、いけないとかそういうんじゃなくて。ほんと、静って電波ソング好きだよな」 「……なんか。元気が出る気がする」 絶好調? 疑問系で問いかける宮前に、順平は呆れた顔をする。あーもうほんとに。 「好きで聴いてるなら文句は言わねえけどよ。……ほどほどにしとけ?」 「宮前って変わってるよな。いや、いい意味で」 「いい意味って」 クラスメイトふたりの言葉に宮前は苦笑を漏らす。なんだか変人扱いされている気がする。すごく。 まあ別にどうでもいいけど。 我が道を行く漢、宮前静。 「そういえば、ふたりとも暇か?」 「うん、僕は帰宅部だから予定もないよ」 「俺も。部活は休みだし」 「じゃあカラオケ行こうぜ。マンゴラドラ」 「お、いいなそれ」 友近が笑みを見せる。こぶしを握って陶酔のポーズ。 「魂を震わせる熱いラブソングを聞かせてやるぜ!」 「あらやだ。この人本気だわ」 「……あのな」 「冗談だって冗談」 やめて顔はぶたないで!顔はやめて! 突如始まった寸劇に、望月がけらけらと笑い出す。 「順平ってほんと面白いなあ」 「うん」 「そこ! 無邪気に残酷なこと言わない!」 「正当な評価だと思うけどな」 「友近っちひどい!」 「なんだよ友近っちって」 「おまえのあだ名」 「ダサい! すっげえダサい!」 綾時はもう堪えきれないといった様子で体を半分に折って笑っている。 「もうやめてよー。お腹痛いよ、お腹」 「食べすぎじゃないのか?」 「いや、おまえじゃあるまいし」 順平と友近の声がぴたりとそろう。そこでもうだめだ、といった感じに望月は笑い崩れた。 宮前は真面目に答える。 「俺はちょっとやそっとじゃ腹壊したりしない」 「そこかよ! そこを否定するのかよ!」 「やめてってばー!」 目に涙を浮かべてまで必死に懇願する望月に、ようやくふたりは漫才をやめた。 「そんじゃオレっち、先に行って部屋取っとくわ。行くぜ友近っち!」 「だからそれやめろって!」 「うん。すぐ行くから待ってて?」 「同じく」 右手を上げる宮前。それに了解と返して順平は友近の手を取り派手なポーズを取った。 「よっしゃ! それじゃあ行くぜ、友近っち!」 「だからやめろつってんの! 俺のあだ名は大事な人にしか呼ばせないって決めてんだから!」 「オレっちは大事なクラスメイトじゃないの?」 ぎゃあぎゃあと漫才を繰り広げながら教室を出ていくふたり。笑いに震えて、望月はつぶやく。 「ほんと面白いよね。ふたりとも」 「だな。漫才もふたりでやればよかったのに」 「ええ、なにそれ! 僕知らない!」 「望月が転入してくる前のことだからな。文化祭の後片付けの時に」 「見たかったー!」 また今度な。それにさらりと返して宮前は席を立つ。 「さて、そろそろ俺たちも行くか」 「あ、うん」 イヤホン返すね。そう言って望月は耳から外したそれを宮前に手渡す。 「ありがと」 「どういたしまして」 ふたりでそろって廊下に出たとき、不意に望月がひそめた声で話しかけてきた。 「ねえ。マンゴラドラに巫女巫女ナースって入ってるかな?」 「さあ……どうかな。なんだ、歌いたいの?」 「うん!」 元気よく答えると望月は歌いだす。 声も吐息も視線も 感じる仕草も あなた次第♪ 自分によく似すぎた声を、宮前は黙って聞いていた。 「好きだよ。……大好き!」 軽やかにそう歌って、望月はにっこりと笑みを見せる。 「宮前くんに捧げる歌だよ」 あまりにあっけらかんとした物言いに、反応が少し遅れた。少しの空白を経て、宮前は口端を吊り上げて笑った。 「うん。俺も一緒だ」 BACK |