ぷらん、と目の前に差しだされた物を見て、望月は目を丸くした。 「プレゼント」 見た目にも派手できらびやかなそれは、大吉のお守り。それを指先で揺らしてみせて宮前は微笑む。だが、ぽかんとした望月の顔を見て失敗したかな、という顔になる。 「……ツボ、外した?」 「ううん!」 望月は慌てて席から立ち上がる。その拍子に左膝を思いっきりぶつけて、声もなく悶えた。ブルーの目の端に浮かぶ涙。 「ったあ……」 「大丈夫か?」 「あ、うん! うん、大丈夫これくらい!」 すぐに笑顔に切り替えて望月は笑う。宮前はそうか、とだけ言ってまた微笑んだ。 「保健室の世話になるくらいなら我慢した方が懸命だな」 「……僕、あの先生ちょっと苦手。別に嫌いだとかそういうわけじゃないんだけど」 「ああ。確かにアレだよな。ちょっと」 散々な言いようだ。本人に聞かれたら多分きっと危ない。 さて、プレゼントの話だ。 「うわあ。すごいねえ」 手渡されたそれを見て、望月は感嘆の声を漏らす。きらきらぴかぴか。お守りという慎ましいイメージからそれは遠くかけ離れている。 なんというか、全体的に金色だ。 「なんかな。これは望月向けだと思って」 「宮前くん? 僕のことどう思ってるの?」 ポーズだけでむくれて望月は宮前を睨む。それに悪い意味じゃない、と答えて宮前は三度目の微笑みを見せた。 「喜ぶかなって思ったんだよ。こういうの好きだろ?」 「好き、だけど。好きだけどさあ」 「じゃあいらない?」 「ちょ! やだって、いるってば!」 宮前くんの意地悪! 本気で声を張り上げた望月にきょとんと目を丸くして、宮前はくすくすと声を立てて笑い出す。 まったくわかりやすい。 「本当はフロスト人形とかも似合うと思ったんだけどな。だけどあれ、なかなか手に入らなくってさ」 「わかる! わかるよ、それ! 取れないんだよね、僕も悔しい思いをしたよ」 かわいいのに。 つぶやく望月。 「そんなに欲しい?」 「すっごく」 真剣な顔をして言い切った望月に、宮前は思案するポーズを見せた。 しばらくして、思い当たったように提案する。 「じゃあ今日の帰りはポロニアンモールに行ってみるか」 チャレンジ、チャレンジだ。 望月はぱっと顔を輝かせる。 「デートだね!」 その口を無言で宮前は塞いだ。 「んむ?」 「声が大きい」 「んん」 うなずく望月に、よし、と宮前は手を外す。ぷは、と大げさに息をついて、ブルーの目をぱちくりさせる望月。 「びっくりした」 「そうか」 「すっごく」 でも嫌じゃなかったよ。 そんなことをさらりと言う望月に、宮前は相変わらずのポーカーフェイスだった。 「ああー!」 放課後、ポロニアンモール。クレーンゲームの前で絶叫を上げる男子高校生がひとり。 「いいところまで行ったと思ったのに……」 ガラスにへばりついて悔しそうに言う望月。額がぺたりとくっついている。宮前はそれを見ながら財布から硬貨を取り出した。 「じゃあ、次は俺」 その言葉に望月はさっと場所を空けると、両手を握って頑張って!と声援を送ってくる。 「ガッツだよ! 宮前くん!」 「その声援で百人力になった」 さらっととんでもないことを言うと、宮前は硬貨を投入した。 「……あーあ」 「…………」 「難攻不落だね」 シャガールでコーヒーを飲みながら、望月がこぼす。宮前はそれを肯定するようにカップに口をつけた。 「欲しかったな。フロスト人形」 「……仕方ない」 「うん。わかってはいるんだけど」 やっぱり悔しいなあ。 望月がこぼす。あまりにもその姿が落胆しているので、宮前は慰めるように声をかけた。 「また次がある。そんなに落ち込むな」 「ん……」 どことなく元気なくうなずく望月。またカップに口をつけると、宮前は口を開く。 「また後で行こう」 「また挑戦するの?」 「いや、違う。また別の用事で」 別の用事?望月は不思議そうな顔をする。 「すぐにわかる」 わかんないなあ。 そんな顔をしてみせると、望月は一緒に頼んだケーキに取りかかった。 「プリクラ?」 望月は機械を見てきょとんとする。 「ツーショット撮影?」 宮前はうなずく。 「負けてばっかりじゃなんだろ。まあ……記念というか」 「なんの記念なの!」 思わず噴き出した望月の肩を抱いて、いいからとカーテンの奥に連れ込む。ピンクのカーテン。 ちゃりちゃりと硬貨を投入し、宮前はどうする?と問いかけた。 「フレーム」 「そうだなあ…………あ、フロストくんのフレームがある!」 これがいいなあ。 笑って駄目?というように問いかけてくる望月に、宮前は答える。 「望月の好きなのでいい」 「やった!」 諸手を上げて喜ぶ望月。さっそく画面を指で触ってお目当てのフレームを選ぶ。 「宮前くん、顔見切れてるよ。もっとこっちに寄って?」 「ん」 体を近づける。なんだか不思議な匂いがするな。そう、宮前は思った。 「ほら、笑って笑って!」 パシャ! シャッターの音がして、笑顔のふたりが無事にフレーム内に収まった。 一月。 宮前は、しんとした空気の中、ひとりでいた。 望月の本当の姿がわかって。 殺してくれと言った彼の願いを宮前は断固として跳ね除けた。彼は、笑っていた。 ただしいつもの明るい笑顔ではなく、どこか悲しそうな笑顔で。 だけどそうするしかない。 机の上に投げ出してある生徒手帳を手に取る。ぺらぺらとめくって、あるところで手を止めた。 それは、あの日に撮ったプリクラ。 笑っているふたり。まだ、何も知らなかったころ。 指先で望月の笑顔をなぞる。思い返せば、望月はいつでも笑っていた。 そんなところが好きだったのだと宮前は思った。 「……馬鹿」 つぶやくと生徒手帳を閉じる。 宮前は目をつぶった。 「俺にそんなこと、できるわけないだろ」 つぶやいた声は、しかし誰にも届かなかった。 BACK |