闇の中。
気を抜けば自分の輪郭さえ溶けてしまいそうな中に宮前はいた。これが…………だ。ぼんやりと、そう思う。
大して焦ることもなく宙を漂っていれば、ふと淡い光が目の前に現われた。
少しだけ眩しくて目をすがめる。それを理解したのか、光は輝きを緩めた。ふわり。蛍のように優しく、光は宮前の目前で止まった。
「ああ」
宮前は気づいたように声を上げる。
「望月」
その声がきっかけとなったかのように、光は人の姿を取り始めた。ゆっくりとざわめき、変わっていく。宮前は黙ってそれをじっと見つめていた。
閉じていた目が開けられる。胎児のように静かに望月は何度か瞬きをして、そして笑った。
「また会えるとは思ってなかったよ」
嬉しいな。
胸に手を当てそう呟いて、望月は首をかしげる。それはなんら変わらぬ姿だった。彼が“死”だと。
そんなことは微塵も感じられない。
「……だけど君は、ここに来ちゃいけなかったんだ」
静かな声が闇の中に溶けていく。切なそうに眉を寄せて望月は告げた。宮前は無言のままそれを見る。
「仲間たちと離れ離れになって。永遠に会えない。それってすごく悲しいことじゃないかな?」
「…………」
「ねえ、よかったの?」
望月は問いかけてくる。その声はひどく真摯だった。おどけていた様子などかけらも見せない。
宮前はやはり無言のまま、小さくうなずいた。
望月の表情がさらに悲痛なものになる。
「本当に?」
「本当にだ」
「どうして」
君はどうして。望月はつぶやく。その表情は悲痛の一言だ。今にも泣き出しそうに見える。
宮前はそんな望月を見つめながら、ポケットに手を入れたままさらりと告げた。
なんでもないことのように。
「好きな奴をひとりで放っておけないだろ」
その言葉に、泣き出す寸前だった望月の表情が変わった。鳩が豆鉄砲を食らった顔というのはまさにこのことを言うのだろう。
しばらく沈黙が訪れる。先にそれを破ったのは、望月だった。
「それ、僕のこと?」
おそるおそる、問うてくる。宮前は無言でうなずいた。
「本当に本当に、僕のことなの?」
重ねて宮前はうなずく。あは、と望月は泣き笑いのような顔で声を漏らした。
髪をかき上げて笑う。
「……駄目だ」
声が震えている。泣きそうなのか。笑い出しそうなのか。それはわからなかった。
「君には敵わないや」
明るい声で望月は言うと、宙を滑るようにして宮前に近づいてくる。
ぎりぎりの距離を保って眉を下げ、笑う。そうしてささやくように告げた。
「ね、抱きしめてくれる?」
宮前は自分より少し背の高いクラスメイトを見上げた。
「ん」
そして短い返事を返して、手を広げる。望月は顔をくしゃりと歪めて宮前の腕の中へと飛び込んでいった。

その体は、人間となんら変わらず、温かくて柔らかだった。



BACK