平和な昼休み。
机をくっつけて、宮前、順平、望月、友近、宮本の五人は和やかに昼食をとっていた。
「っていうか鳥海センセも酷だよなー。ちょっと授業中居眠りしてただけでオレっちだけ宿題だなんて」
やきそばパンを齧りながら順平。それに呆れたように友近はあげパンを口にし、鼻を鳴らしてみせた。明らかに馬鹿にした表情である。
「あったりまえだろバカ。つかな、おまえの席でどうどう居眠りなんて度胸ありすぎ。それに夢の内容がオンナノコのことときたら倍率ドンだろ。ただでさえ鳥海せ…………いやなんでもない」
「なによっ。なんなのよ友近っち、はっきり言いなさいよっ」
「おまえの前で言えるかバカッ! わざわざ弱味握らせるようなもんだろっ」
「まあ握りますけどね?」
「とーくーいーげーにーいーうーなー」
そんなふたりの会話を怪訝そうに見ながら今日もジャージ姿の宮本が紙パックの牛乳をすすった。傍らにはカツサンド。健康優良児の、正しいお昼ご飯のメニューである。
「え? どういうこと? 俺よくわかんねえんだけど」
「おまえは鈍すぎ」
「ピュアふたたび」
びし、と揃ったふたりの声に、あははと望月が笑い声を上げた。その前にはいつものメロンパン。ふっくらサクサクとしたそれを齧り、んーと幸せそうに顔をとろかせてから、ほんとにみんなはおもしろいよねえとしみじみ述べる。
「だけど僕が思うに鳥海先生もなかなかのものだと思うんだけどなあ? なんかこう、オトナなのに茶目っ気があるっていうか、意外とかわいいっていうか」
「意外ときましたか」
「綾時、おまえ守備範囲マジ広すぎだから。その調子だと購買のおばちゃんにまで……」
「えーそれはないよー。あ、でもこの前ちょっとお話したら“今時珍しいくらいイイ子ね”って言われておまけしてもらったんだけど」
「ほら見ろ!」
「綾時恐ろしい子ッ!」
順平が白目を剥く。その顔を見てまたあはは、と綾時が笑った。あははじゃねえー、と順平の抗議の声。
その中でもくもくもく、と宮前は山と積まれたパンを食べていた。―――――四人の視線が集まる。
「おい静」
口の端にパンくずをつけて不思議そうに顔を上げる宮前。その顔に指を突きつけ、順平はわざとらしくヒステリックな声を上げた。
「さっきから黙々とメシ食ってんじゃねえっ! 会話に参加しろ! ていうかおまえはフードファイターか!」
「……別に、これくらい普通」
「いや普通じゃねえよ」
「おまえ今日部活あんだろー。走って横っ腹痛くなったらどうすんだよ。少し控えとけって。な?」
「や、心配すんのそこじゃないし! ウエイトだろウエイト! 陸上部では部員の体調管理も指導してないんですか!?」
「そこは自己責任で……」
「真面目に返すのやめて! ああもうこれだからスポーツメンはッ」
「宮前くん、ご飯もいいけどちゃんと水分取ったほうがいいよ。喉に詰まったらたいへ」
「綾時も心配すんのそこじゃねえしいいいいい!」
びし!と突っこんだ順平は肩で息をついて、はああああ、と長いため息をつく。気のせいかトレードマークの帽子のつばがへたりとしおれているような。やきそばパンを手にしたままがくりとうなだれる。
「なんでオレッちは憩いの時間の昼休みに四方八方にツッコミまくらないとならないんですか? ねえ運命? これって運命? こたえて友近っち!」
「おまえが好きでやってるんだろ」
「突き放した態度にも程がある!」
冷静に指摘した友近の言葉に絶叫した順平に、どっと笑い声が巻き起こった。除く宮前と宮本。
(どうでもいい)と言わんばかりにパンの山を片付ける宮前と、(今のどこが笑いどころ?)といった顔をした宮本であった。
笑いすぎて目の端に滲んだ涙を拭いながら、望月がそういえば、と言う。
「宮前くんの超然たる態度を見てて思いだしたんだけど! ほらあれ……“名は体を現す?”」
「お、綾時! 難しい言葉知ってるじゃねえか、えらいえらい」
「えへへ」
目を丸くした順平に頭をくりくりと撫でられ、はにかむように首をすくめる綾時。そのまま指を一本立てて、一転神妙な顔で、
「僕、思ったんだよね。宮前くんはまさにそれだって」
「なんだよ、それってどういうこと? 説明求む望月」
「うん。えっとあのね。宮前くんの名前“静”じゃない」
宮前静。
名物生徒ぞろいの2-Fの生徒の中でも、ひときわ際立った名物生徒である。なにしろ天才カリスマ漢のパーフェクト・スター。
他のクラスの生徒でも、下級生にも上級生にもその名を知っている者は多い。
うんうん、と順平友近宮本の三人はうなずく。
「それでもって、まさに宮前くんっては無口で佇まい……っていうのかな。なんていうか、そんなのまで“静か”でしょ?」
「まあでも、始終シャカシャカ携帯プレーヤー鳴らしてるけどな」
「ああ、そこは静かじゃねえな」
「でも!」
友近と宮本の言葉を遮るように、目を輝かせて望月が机を叩いた。視線が集まる。望月は―――――神妙な顔に似合う神妙な声で。
「そこが平々凡々な一般男子生徒にとっては、“静かなる脅威”みたいな…………」

時が止まった。

一瞬後、爆笑が巻き起こる。
「も、望月おまえ! それって駄洒落かよ!? 駄洒落なんだな!? ていうか理事長かおまえはっ!!」
「帰国子女の駄洒落……俺初めて聞いた……」
ひいひいと机を叩き、笑い転げる友近。ストローから口を放し、ぽかんとつぶやく宮本。
順平はといえば……笑ったものの、その笑いはどことなく引きつったものだった。まあ彼らの事情を知ればさもありなん……というところか。
問題発言を発した望月はブルーの瞳をまばたかせ、あれ?あれ?といったようにきょろきょろと周囲を見回している。
「えっ? えっなに? 僕なんか言った? えっなんで? なんでみんなそんな反応―――――え? ちょっとねえ! 教えてってば! 僕、なんか変だった!? ねえってば!」
誰も答える者はいない。というか、答えられる者はいない。その内、無情にもキーンコーンカーンコーン、と昼休み終了五分前を告げるチャイムが鳴り、宮前は最後の昼食をゆっくりと飲み込んだのだった。

「僕、どこが変だったんだろう…………」
夕焼けが辺りを染める放課後。いつものように宮前の部活の終了を待って一緒に下校した望月は、どことなく落ち込んだ様子でそうつぶやく。マフラーに顔をうずめ、鞄をぶらぶらと手持ちぶさたに揺らす。
「別に狙ったとか、なんとか、そういうのじゃ全然なかったんだよ。だけどなんでかなあ…………全然わかんないや」
その隣に付き添うように並び歩きながら、宮前は無言だ。こういう時の望月には言わせたいだけ言わせておいた方がいいと知っているので、そうしているのである。案の定のべつまくなしに望月は疑問を立て板に水に口にし、最後に大きくため息をついた。
「やっぱりまだまだ僕、日本に慣れてないのかなあ……」
望月は帰国子女だ。アイギスと並び独特の感覚を持った転校生として、クラスメイトたちには認識されている。
それを気にしている素振りなど見せた様子はなかったが……実は気にしていたのだろうか。
いつも溌溂とした望月らしくなくしょげた様子を見せるのを、宮前は見やる。
そうして、じっとその顔を見つめてつぶやいた。
「そうだな」
その言葉に、望月がショックを受けたように体を強張らせる。がーん!という効果音が背後に大きく書かれているような風情だった。
目の端にぶわわ、と涙を溢れさせそうな哀れな風体……けれど、そこに宮前は。
「だけどそれがおまえなんだから、いいんじゃないかな。俺は好きだし」
さらりと、そう言ってのけた。
溢れかけていた望月の涙がひゅん、と引っ込む。豆鉄砲を食らった鳩のような顔で望月は宮前を見た。
その頬が、みるみるうちに紅潮していく。色とりどりの花が、背後に漫画のように湧いて出た。
「ほんとうっ!?」
電光石火。
それまでのしょげた様子が嘘のように活気を得て、望月は宮前に詰め寄る。ブルーの瞳は万華鏡のように輝いて、きらきらきらと忙しい。
「本当に好き!? 僕のこと……変なところ、いっぱいあるけど、宮前くんは、好きって言ってくれるの!?」
その勢いに戸惑うことも慌てることもなく、宮前は普段の調子で軽くうなずく。口端に笑みを浮かべて―――――
「好きだ」
望月の全部が好きだ、と告げた。
望月の顔が満面の笑みに満たされる。それからは得意のマシンガン・トークの始まり……かと思いきや。
「人間、変なところなんていっぱいあるだろ。だけどそれの全部を好きになるってことが、そいつを好きになるってことだと俺は思う。だから俺は望月の変なところも全部好きだ。……了解?」
先を越されぽかん、とした顔になった望月だったが、すぐに笑顔になり、ぐんぐんぐん、と大きくうなずく。
「うん! うんうん! 順平だって友近くんだって宮本くんだって、もちろん静くんだって―――――変なところたくさんあるもんね! 特に静くんなんて全然理解できなかったりする変なところがいっぱいだよ! あっ、でも僕はそんな静くんのことが大好きだからねっ! 変なところも格好いいところも全部全部大好きっ! 好きだよ、すっごく好きだよ、だから、」
そこで息継ぎをするかのように言葉を切って、あらためて宮前を見つめ、望月は全開の笑顔で宮前に笑いかけた。
「僕たち、お互いの全部を好きになっていこうね!」
カア、カア、カア、と鴉が鳴く。いつもはシャカシャカと何らかの音楽を流している宮前の携帯プレイヤーは、今は沈黙している。
それを指先でいじって、宮前は笑った。

「ああ」

ふたりの影が長く、道に向かって伸びていた。



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