「みーやーまーえーくーんー」
あーそーびーまーしょ、と続きそうな声に、宮前はいじっていた携帯プレイヤーから手を離して顔を上げてみた。するとそこには。
「…………」
「えへへ、びっくりした?」
びっくりしたびっくりしたびっくりした?
矢継ぎ早に問いかけてくる望月の姿、常からそうではあるが今回は特にやたらとハイテンションである。そして、その、頭だが。
「これね、女の子たちにやってもらっちゃって。かわいいねって言ったんだよ、最初はね? うん、すっごくかわいいと思う、ああいうアクセサリで自分を飾れるってのは女の子の特権だよね、ってあれ? 話ずれた? まあいいや、うん、それであのね、すごくかわいいねって言ったんだ。そうしたらみんなありがとうって言ってくれて! いやー、あの笑顔がまたかわいかったなー」
ノンストップである。すきにはなすけどいいよね?こたえはきいてない!
宮前は慣れているので、じっと席に座ったまま望月を見上げていた。望月はにこにこと笑いつつ、なおも話し続ける。
「それでそうしたらいつのまにかこんなことになっちゃって。いやね? あのね、うん、一応名誉のために言っておくけど、僕も一応男だし丁重にお断りしたんだけど“絶対に似合うから”ってみんなが言うから」
「……それで」
それで、それなわけだ。
そうつぶやいて、宮前は指差す。
たんぽぽのような黄色のポンポンゴムで結ばれた、望月の髪のひとふさを。
「うん!」
ダンデライオン。
たんぽぽのことを一般的に英語でそう言うが、今の望月などポン・デ・ライオンで充分だ。いやそのたとえもよくわからないが、つまり宮前的にはそれだけかわいいものとして認識しているということである。
ちなみに宮前はフレンチクルーラーが好きだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……ん?」
しばらくふたりで見つめ合ったあと、望月が笑顔のまま首をかしげた。黄色のポンポンが揺れる。
「その。あのさ、宮前くん」
「うん?」
「その……えっと。もしかして……僕、かわいく、ない?」
むしろ似合ってない?
それまでの“にこにこ”が嘘のようにへにょりと結ばれてアホ毛のようになった黒髪のひとふさを垂れ下がらせ、望月はたずねる。
それはめずらしい態度だった。自信たっぷり、自意識過剰だのそういうわけではない。ただ、めいいっぱいに自分を好きなのが望月綾時という男子学生なだけで。いや、だからといってナルシズムだとかそういうわけでもなく―――――。
宮前は無言でじっとそんな望月を見つめる。さらにアホ毛が垂れ下がった。
あう。
たとえるならそういった顔で、望月がブルーの瞳を曇らせる。眉を寄せて、まるで捨てられた子犬だ。
「そっかあ……ダメ、だったかあ……えーとその、結構自信あったんだけどなっ! だけどしょうがないよねっ、似合う似合わないって誰にもあるし、それが今回の僕だったわけで、そういうのって仕方ないわけで誰のせいでもないし、あっ、これ外しちゃう―――――」
カチ。
携帯プレイヤーのスイッチを切る音が、小さく響いた。頭に手をやった望月は席から立ち上がる宮前を見る。ブルーの瞳はやや不安げに揺れて。それを見ながら宮前は、望月の手に手を重ねて
「なんで?」
平坦に、たずねた。
「……え?」
「なんで外すんだ?」
「え、だって、」
「似合ってるのに」
「!!」
望月は目を見開いた。大きく眼窩からこぼれ落ちそうなほど見開いて、それから続けざまにぱちぱちぱち、とまばたきを繰り返す。
それを相変わらずまっすぐ見ながら、宮前は。

「かわいい」

なんでもないように、しかし大切なことのように、口にした。

その後日、「宮前くんも似合うと思うんだよね!」と元気はつらつ上機嫌な望月に、鬱陶しいとさんざん順平や友近たちにからかわれている前髪を青い“パッチンクリップ”で止められ、それでも平然とした宮前と笑顔で隣に腰かける黄色のポンポンゴム装備の望月の姿があったという。



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