「綾時はもらえそうだよな、チョコとかよ」
「え? チョコ? なにいきなり、順平」
「あー、もらえそうもらえそう」
友近が同意して、勢いづいた順平はこくこくこく、とうなずく。すごい勢いだ。ゆかり辺りに見られたらあんたそんなガッついてるから彼女いないのよ、と厳しいひとことをいただいていただろうけれど。
「バレンタインだよ、バレンタイン。まだまだ先の話だけどよ、当日には綾時の机にも下駄箱にもチョコがたくさん! 溢れるチョコ、チョコ、チョコ! ああオレっちうらやましいぜ……」
「確かに俺もうらやましい」
「え、静も?」
そんなタイプには見えねーけどなー、との順平・友近コンビのそろっての抗議に宮前はううん、と首を振って。
「チョコいっぱいもらえるのがうらやましい」
「って、そっちかよっ!」
「じゃあ、宮前くんには僕のもらったチョコ、半分分けてあげるね! 僕たち友達だもんね!」
「ダメ――――! 綾時くん、それダメ、絶対――――!」
「え、なんで? だってだってさ、そんなにたくさんもらっても僕ひとりじゃ食べきれないし、」
「綾時……」
「静は静でそこで勝手に好感度上げないッ!!」
どっ、とそこで笑いが起こる、もっとも宮前は涼しい顔で、順平はギリギリ悔しそうな顔、綾時は場の雰囲気につられて……と、純粋な意味で笑っているのは友近だけだった。ちなみに宮本はひとりで黙々自主トレ中。KYな子ね、順平がつぶやく。
「でも、静もチョコもらえそうだぜ? なんてったってカリスマだしな! カリスマだぜ!? 普通の男子高校生としてありえねえよな!」
「カリスマだから、普通の男子高校生じゃないんじゃない?」
「あっ!」
そうか!と順平が言って、今僕いいこと言ったでしょ、的に綾時がうなずく。でもさ、うなずきながら彼は。
「それってちょっと。……妬けちゃうな」
「え」
「え」
「え?」
三人分の“え”。
それをもらってさすがに今の自分のひとことが失態だったと気づいたらしい綾時は辺りをぐるり見回し、え、っと?とおそるおそる口にする。――――えーと。
「何か僕、おかしいこと、言ったかな」
「だってよ綾時、妬けるっておまえ」
「何かおまえがそんなこと言うの、意外っていうか」
「えっえっ? 意外かな? 意外かな、僕、変かな?」
「や、変っていうか」
意外。順平と友近がうなずいて、綾時はますます慌てる。そして、近くにいた宮前にとりあえず助けを求めた。
「ねえ、宮前くん。僕って変かな? 意外って、変ってことでしょ? 何かおかしい? どこがおかしいの?」
「どこが……っていうか」
宮前は。
上から下まで、綾時の全身を舐めるように見て、ひとこと。
「別に、変じゃないと思う。けど」
「そう!? よかったあ!」
「いや、そりゃ見た目は変じゃねえよ」
それに別に“変”じゃねえって言ってるっての。順平が言って、綾時はまた慌てだした。えっえっどういうこと?
「いやよ、今でも女の子にモテモテー、なおまえが今さら静に“妬けちゃうな”だなんてよ。女の子独占したがるようなタイプにゃー、見えねえじゃん? おまえ」
「えっ……」
唖然、呆然。
そんな顔で綾時は固まって、次の瞬間ぶぶぶぶん、と首を横に振る。そして正座をし、膝にぱん!とてのひらを打ちつけて、言った。
「そんなんじゃないよ!」
「え」
「え」
「え?」
「え?」
今度は四つ。綾時自身のものも含めて。ブルーの瞳が不思議そうに順平、友近、宮前を見ている。
「そんなんじゃないってば、そんなんじゃないよ! 僕、静くんにそんな意味で妬いたりなんてしない!」
「そんな意味じゃないって……じゃ、どんな意味だよ?」
「そうそう、どんな意味?」
「えっ……」
そう言って、綾時はまた固まって。
「そ、それにしても今日は風が気持ちいいよねっ! こんな日は外でマラソンでもしたくなっちゃうなっ、ねっ静くん、ランニング方法教えてよっ!」
「あっ」
「綾時、逃げんな!」
すたこらさっさ。
順平と友近の声だけが虚しく、宮前を引きずって屋上から逃げていった綾時を追う。そうしてふたりは、そろって顔を見合わせて。
「……絶対変だよな、綾時の奴」
「うん、絶対変だ」
そう、仲良く仲良くつぶやいたのでありました。


「はあっ、はあっ、はあっ……もう、ここまで来たら、だいじょうぶ、かな」
「…………綾時」
「へえっ!?」
びくん!と屋上から逃げるように(実際逃げてきたのだが)下りてきた階段の陰、不意に宮前に名前を呼ばれ綾時は飛び上がる。
そんな綾時に涼しい顔で宮前は、
「妬けちゃうなって。……“そういう意味”でとってもいいのかな」
「へえ、え、え?」
みるみるうちに綾時の顔が真っ赤になっていき、そして。
「もう、言わせないでよ……静くんの意地悪……」
「バレンタイン、待ってるから。“綾時からのチョコ”」
「もう、意地悪……」
俯いてしまった綾時に、何度も追撃をかける宮前であった。



BACK