なかにはいってこないで。


「足立さん」
鮫川。
近くの東屋で座っていた足立は、背後からかけられた声に素早く振り向いた。
「―――――君」
負の感情を隠すことなく顔を引きつらせた足立を、眼鏡をかけた雨宮が冷静に見つめている。それが気に障ったのか足立はますます不快そうに顔を引きつらせた。歯を、ぎり、と鳴らして。
「やっと、見つけました」
「そう。ほんとしつこいよね、君」
「……もう、何度も繰り返してますから」
辺りには霧が立ち込めていて、空気はひんやりと冷たい。足立は自分の腕で自分を抱いたが、それは寒さからのせいではないらしかった。雨宮はそんな足立を見て体を屈める。
「! ……やめっ……」
ガード、足立の腕ごと雨宮は足立を抱きしめてしまう。足立は声を上げて暴れ、逃れようとしたが本気で抱きしめてくる若者の腕力には敵わなかった。それでも足立は暴れ、声を張り上げる。やめろ。触るな。離せよ。
「……せって、言ってるだろ!」
「離しません。離したら、足立さんはあそこに行ってしまうでしょう」
「そんなの僕の勝手だろ!」
「勝手じゃない!!」
普段から声を荒げることのない少年の怒声に、足立が一瞬びくりと体を震わせる。雨宮は足立の後頭部に額をつけ、いっそう強く足立を抱きしめた。
「もう逃がしません。あそこには絶対に行かせない」
「……はなしてよ」
「嫌です」
いったん軽く体を離し、ぐっ、と抱きしめられて呻いた足立のこめかみに雨宮は唇を落とす。あ、と信じられないといった風に上がった声を聞いて雨宮は目元を歪める。そのまま何度も押し当てた唇に、足立はまた雨宮の腕の中で暴れだした。
「な、なにすんの、はなしてよ、」
「嫌です」
「苦しいってば、」
「それだけじゃないでしょう」
「ば、か、な」
こと言ってないで。
哀願じみた声を聞いても雨宮は足立を離さない。身を捩る足立を腕力で押さえ込んでしまう。髪に、こめかみに、繰り返されるくちづけ。かちりと眼鏡のフレームが肌に触れて音が鳴った。
「行かせませんから、俺、足立さんをあそこには」
絶対に。
何度も“一年間”を繰り返してきた少年は静かな、けれど熱い声で言う。
「僕は、あそこに行かなくちゃならないんだ」
同じく繰り返してきた男は平坦な声でそう返す。
「足立さん」
雨宮はなりふり構わず、彼らしくなく切羽詰った声を上げて足立を掻き抱いた。足立は二度目、びくりと震える。
「好きです、だから」
行かせない。
腕の中から湧き上がる唸り声。
それは恫喝にも、嗚咽にも取れた。
「入ってこないでよ」
拳を強く握りしめて、足立は唸り声のトーンのまま、告げた。


「お願いだから、僕の中に入ってこないで」


霧は消えない。
もう一度、今度は目の傍にくちづけるとそこは汗か涙かで塩辛く濡れていた。



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