「また会ったな」

 出合い頭になにを言い出すのかと言わんばかりに見開かれた大きな瞳は、俺をじっと見つめていた。
 出会いも調度このような小さな町の小さなパブだったと思い出したそれは、まだ新しい記憶。
 先日もウソにあるテントの中で出会い、そして一言二言話して分かれた。
 ただそれだけの間柄、仲間にした記憶もなければ、知り合いだと胸を張っていえるほど、相手と自分は時間を共有していない。

 それでも。





act1『必然』





「…ったく、何でこうも会っちまうんだろうな」

 相手は別段嫌がるそぶりを見せずに、片眉をあげてにやりと笑った。
 小さくとがった八重歯を覗かせる笑みは、彼特有の人懐っこい笑みをさらに優しく見せる。

「久しぶり…じゃねぇもんなぁ…元気そうで何よりだよ」

 軽快な足音を立てながら入ってきた彼を流し見て、自分も口の端だけを若干上にあげてその言葉に答える。当然のように隣の席へ座り、同じように酒を注文した。マスターが取り出したボトルはアルコール度数の低いもの。いつだかクリスタルシティで会ったときに『酒は軽いほうが好きだ』と、ほろ酔いだった奴の口から聞いた通りだなと取り留めの無い考えが頭をかすめた。

「ところでさ、なんだってアンタ…こんな所に居るんだよ?」

 おどけたような軽い口調で話し掛けてくる彼の容姿はとても中性的で、パブにいた連中からの視線がちらちらと自分たちを見ているのを感じた。そのいくばくかは一人で飲んでいたときにも感じていたが、一人でいるときよりも絡む視線の数が多くなるのは、同じ時間を共有することが限りなく少ない自分にも分かるほど。

「…さあな。行くあてが無い訳ではないが…お前こそ、何故このような場所に?」

 ちらりちらりと盗み見る視線の殆どは目の前に座っている子供じみた相席者へ向けられたものだが、本人はまったく気にしていないのか、カウンターから身を乗り出し酒を吟味していた。その姿は、子供が物を選ぶときにする仕草と酷似している。
 黙っていれば相当の美人…なのだろうが、彼を作り出す仕草や性格は姿とは相反するものだ。
 姿だけ言えば美人種に入るだろう。
 目を引く翡翠色の柔らかそうな髪をたたえ、やや碧みがかった瞳はサンゴ海の底を思わせる。
 白く透き通るような白い肌に流れるようなしなやかな肢体。
 それを覆う紫を基調とした服は異国の合わせを取り合わせており、それがとりわけ似合っていた。紫を貴重とした統一感のある服を台無しにする奇抜な色使いもうまく着こなしている。やや線が細いその姿を見れば、モンスター相手に剣を振るうような猛者に見えはしないだろう。しかし、決して弱い訳では無いと感じさせるのは、男性の手にしては細くしなやかなそれに、無数の傷痕や剣ダコが伺えるからだ。

 しかしそれをうまい具合に性格や仕草が崩す。
 酒を待つ間、人のつまみを片手で盗み食う、足は行儀悪くふらふらと空をかいている。
 くるくるとよく変わる表情は、つんとしたイメージを破綻させるのに一役も二役もかっているだろう。

 そんな相席者は自分の考えを知ってかしらずか、ずっと考え込んでいる。
 そこまで難しい問いかけをした覚えは無かったのだが、あえて思考をさえぎるのもためらわれたのでそのままにしておく。
 ゆっくりとグラスを傾ければ、からりと音を立てて流れ込んでくるのは辛みの効いた琥珀色の液体。グラスをカウンターに置く頃にはようやく相席者が顔を上げていた。
 眉を寄せ、苦笑を浮かべるその表情に隠し事の三文字がありありと浮かんでいた。

「…んー俺は、ちょっと探してるもんがあってさ」
「…そうか」

 気づいても、あえてそこには触れない。
 目を細めながらにやりと笑うその笑い方、それは…自分の夢を追いかけている希望に満ちた笑みだった。幸せそうに酒をあおぐその姿を横目で見ながら自分もグラスを傾けるが、すでに口先を潤すものは底を尽きている。
 仕方なく違う酒を頼めば、隣からは感嘆の溜息と称賛の言葉。

「アンタ、すげぇな…こんな度の強い酒をあおれるなんて!」

 軽く手を叩いて褒める彼は本当によく口が回る。元々の性格なんだから仕方ないと言葉を交わしたのはメルビルのパブだっただろうか。

「…お前こそ、もう少し度を強めてみたらどうだ? 案外いけると思うが」
「あ〜ダメダメっ! 俺は俺で、大事な仲間背負ってるの。…リーダーが二日酔いなんて、笑っちまうだろ?」
「………」

 頬を上気させて笑うその瞳の奥に見えるのは、掛けがえのない仲間なのだろう。
 少しだけ目を細めて苦笑する奴の表情は、自愛に満ちていた。

 一度だけ、酔いつぶれた彼を迎えに来た仲間を見たことがある。
 気弱そうな外見と言動が目を引く控えめな男だったが、彼を見つけるなり慌てて駆け寄りそばに寄り添った。
 酔いつぶれた彼を背負い、おぼつかない足取りで横をすり抜けていった男は隣にいた自分を激しく非難することは無かったが、去り際に見せた鋭い視線を思い出す。

--------相手を敵視するときに宿すような、憎しみと怒りにまみれた瞳。

 普段なら相手違いだと軽くあしらうところだったが、生憎力強く振り払えるほど見当違いでもなかったので、そのまま黙ってグラスを傾けた。

 ブルーエレにあるパブでの出会いは、良くも悪くも印象に残っていた。
 
「…おい、どうしたんだよ?」

 不意に伺うような言葉をかけられて我に返る。
 視線をずらせば心配そうに眉をひそめて自分を見上げている相席者。

「…悪い、考え事をしていた。しかし…仲間を思うか。大業な事だな」
「…んなこと言って。アンタだって綺麗なお姫さんみたいな子、連れてたじゃねーか」
「…ああ」

 護衛としての任務を担っていた際、隣にいたクローディアのことだろう。栗毛色の髪をたたえた少女は、今日も一人宿屋で本でも読んでいるのだろうか。
 本来ならば一時も離れず側にいるのが常なのだろうが、自分も、そして彼女もそれを良しとしなかった。お互い自分の時間をもつことこそが、護衛する側とされる側が求めた暗黙のルールだったからだ。

「しっかしさ。お互い、良く会うよな」
「…そうだな」
「もしかして、俺のこと狙ってたりして?」
 
 唐突に話題を変えられて、焦る自分が滑稽だ。
 内心で焦るだけで、表情には一切出ないことが唯一の救いだった。
 それでも。
 ちらりと隣を見やれば、酒のせいだろうほんのりと頬を蒸気させ、潤んだ瞳でとろりと笑みを投げかけてくる彼の姿。

「………」

 返事を返せずにいれば、相手の方から豪快に笑いかけてきた。

「バッカだなぁっ! こんなの『違う』ってひと言言ってくれりゃ、それで済むって。…アンタ、案外優しいのな」

 けたけたと声をあげて笑う彼の表情は、くるくると良く変わる。
 おおらかな雰囲気と色香を併せ持つその姿に、見惚れなかったといえば、嘘になる。

 初めて出合った南エスタミルの酒場。
 彼の姿が忘れられずに、立ち寄った町の酒場では必ず酒を飲むようになったといったら。
 目の前の彼はどんな顔をするだろう。

「『そうだ』と言ったら?」
「へ?」
「…お前を、仲間にしたいと言ったら?」

 真正面から奴を見れば、驚き微動だにしない。
 何分かその状態が続いただろうか。びくりと身体をこわばらせ、正気に戻ったらしい奴は静かに苦笑を浮かべた。

「…嬉しいけど、もうちっと…時間が欲しいかな」
「…名前は?」
「…ジャミル。アンタは?」
「グレイだ」

 タルミッタの酒場で聞いた名前は忘れない。
 今度はどこの酒場で出会えるだろうか。

 出会えば出会うだけ、知ることが増える。
 今日の収穫は大きかった。

「…ジャミルか、良い名だ」
「…そういうアンタこそ、なかなかのもんだぜ」

 グラスに飴色の液体を注ぎ、それを軽く飲み干せば。
 互いに道は別れる。




 何度同じく擦り寄れば、道が完全に重なるのだろうか。
 また違う道を歩み、そしてまた。





「…お! グレイっ! 久しぶりじゃん、元気だったか?」
「ジャミルか…相変わらず元気そうで何よりだ」

 違う酒場で、違う仲間を連れて。
 出会うのだろう。お互いに、自分の求めるものを手に入れるために。





「…なぁ…一緒に旅でもしようぜ」





 その言葉は、また他の酒場で。
 お互い別々の道を歩いていた足跡が、ひとつに重なる日は近い。





お題を利用しての連載は久しぶりです。
むしろあれです、小説自体が相当久しぶり…シナリオばっかり書いているからこんなことに…(笑)
そんな感じで、相当リハビリ必要な小話ですが、どうぞよろしくお願いいたします。





お題『光』