--------かみさまは、いると思いますか?

 きびすを返して、立ち去ろうとした自分の肩越しに、投げかけられた言葉。
 何を言われても、振り返ってはいけないと自分に言い聞かせていた。
 自分から、この仕事を選んだからには…そうしなければいけないと、律していたはずなのに。

 今日は何故か…思わず立ち止まり振り返ってしまった。

 そこには。

 帽子を目深に被り、不思議な楽器を肩に携えた男が立っていた。




『恩寵』






「………」

 言葉を返せずに居れば、男は何を思ったのか急につかつかと自分に向かって歩を進め。

「かみさまは、いると思います?」
 
 そう、自分に問いかけた。

 謎かけのような問い方に、自然と引き込まれ自分より背の高い男を見上げた自分と、帽子の奥から覗いた琥珀色の瞳がぶつかる。
 そして、ふっと視線を逸らされた。その先には、自分の左手。

「…っ!」

 慌てて両手に持っていた袋を後ろ手に隠した。

「な、なんでそんなこと…」

 声が裏返る。
 少しだけ上ずった声に怪しまれるかと思ったのに…相手は笑みを浮かべながらじっと自分の問いの答えを待っているようで。
 先ほどの謎かけ以外、言葉を発しようとしなかった。
 促されているような気がして、沈黙がいたたまれなくて、次の言葉を慌てて唇にのせる。

「いるって、言うと思うのかよ」

 その答えに何を言うでもなく、帽子を斜めにかぶった男は口元に笑みを浮かべてたまま動こうとしない。
 ただ、細い糸のような目でしっかりと俺を見ていた。
 
 それだけなのに。


 俺の脚は、何か錘でもつけられたかのように動かなかった。
 蛇ににらまれたカエルというのはこういう事を言うんだと…この前何気なく話していた光景が頭に浮かんだ。
 ダウドとファラと3人で一冊の書物を囲んでいたときにファラ得意げに言っていた。
 『こういうのを蛇に睨まれた蛙っていうんだってさ!』
 なんでそんな話になったのかは覚えていないけれど、そんな台詞が浮かんで消える。

「…いると、思わないと?」
「生憎、そう言うの信じないタチなんでね」

 何とかしてこの場を立ち去らなければと思えば思うほど、饒舌になる自分が妙に滑稽だった。
 どうすれば無事に逃げられるのかと、そればかり頭の中でシュミレートしているのに、何も妙案が浮かばない。
 
 こんな事は、今まで無かった。
 どんなときでも、なんとか考えを導き出し、そして実行できる力を備えてきたつもりだった。

 けれど…今までの経験と知識を総動員しても、勝てる相手ではないと、心のどこかが自分に告げる。動かない足も両手を挙げて賛成しそうな簡潔な答えに、思わず舌打しそうになった。

「…面白い子ですねぇ。私の歌にして差し上げましょうか」

 そんな自分の考えを表情から汲み取ったのか、面白そうに片眉を上げて男は笑った。おどけたような口調に苛立ちが増す。
 それでも。

「いらねぇよ、そんなん」

 軽口を叩くので精一杯だった。本当は…もう、両手のものを投げ出して、逃げ出したかった。
 許してくれと大声でわめいて、さっさとこいつの目が届かないところへ逃げてしまいたかった。

 帽子の奥から覗くその瞳が、とても澄んでいて…自分が毒に見えたから。
 そして。
 帽子の奥から覗くその瞳は同時に底が見えなくて。…足元をすくわれそうだったから。


 この両手には…今日の稼ぎが詰まっていた。けれど…この瞳で見られている恐怖にも似た感覚を跳ね除ける力は、自分にはないと悟った。

 最近雨続きで盗賊まがいな行為もろくに出来ずにいた数日間。
 自分達はろくに飲まず食わずな日々を過ごしていた。
 そんな経緯があるものだから…ようやく晴れたと喜び勇んで稼ぎに出れば…。
 こんなものに捕まる始末。

 カミサマは本当にいるのかも知れない。
 ふとそんな考えが頭によぎったそのとき。


「…かみさまはね、割と気まぐれなものなんですよ」


 ふっと口元を緩め、だらりとした衣服の中に手を入れて取り出したのは…小さな金色のピアスだった。
 リング状のそれはキラキラと男の手の中で光を反射する。
 元来盗賊家業を生業としている自分は、その光を見逃すことができず…。
 吸い込まれるように見入ってしまった自分は本当に愚かだと思ったけれど、仕方がない。
 それくらい、その金のピアスはうつくしかった。

「差し上げますよ」
「は?」

 大きく口を開け、ほおける自分をよそに、目の前の男はそっと手を差し出した。
 力の入っていない俺の右手を取り、その手のひらに金色のピアスを置いて…俺の手ごと握り締めた。自分の手より大きなその手は、人の温かさをちゃんと持っていて。
 そのぬくもりは、動かなかった俺の足も溶かしていった。

「…あの…俺…」
「…でも、私の路銀は返してくださいね」

 言うや否や、俺の左手に納まっていた皮袋は、男の手の中に。
 なかなか盗賊家業も板についてきたと自分では自負していたが、男の速さは自分をゆうに超えていた。

「…早ぇの…盗賊の俺よか、向いてるんじゃねぇの?」
「いえいえ、私はこいつがあれば充分です」

 そう言って男は、不思議な楽器を俺の目の前に掲げた。
 自分にとってはまったく価値の無いものだったけれど、きっとこの男にはとても重要なものだったのだろう。そう勝手に位置づける。いつくしむようにそっと手を添えて微笑むその男の優しげな姿を見れば、誰もが自分の評価を間違っているとは言わないと思う。

「大事なもん、なのか?」

 何の気なしに聞いてみれば、先ほどよりも柔らかな微笑みを返す男。
 いつの間にか、帽子の奥に潜んでいる琥珀も柔らかな色を湛えていた。

「はい、大事なものです」
「…そっか」

 大事なもの、そう笑って自慢できるものが、果たして自分にはあるのだろうか。
 目を瞑り考えてみたけれど、まったく浮かばなかった。

--------ただ、物ではなく『人』ならば…。

「…貴方も、ちゃんと守れるといいですね」
「………っ!?」

 自分の頭の中を読み取られたかのような鋭いタイミングで言葉を発され、慌てて顔を上げてみれば。

 そこにはもう男の姿は無かった。

 慌ててぐるぐると同じ場所を回り、見回してみても。
 汚い壁が周囲を囲っているだけで、とても人が出入りできるスペースはない。
 対面していたその先は壁であったはずなのに、自分の後ろにはまだ通路が続いているのに。


「う、嘘…だろ?」

 素直に言葉を唇にのせても、何も変わらない。
 ただただ、自分ひとりがその場所に残されていた。

 そして。

 右手には金色のピアスが先ほどと変わらぬ光を湛えて。
 ゆっくりゆっくり、光を反射していた。






通称エロ様。(軽くネタバレ)ジャミルが神様の恩寵を形として受けていればいいなぁと
思って書いた思い切り捏造作品。(笑)
あの人を真面目に書いていると、急に変に書きたくなるのは、偏にジャカジャーンがいけないのでしょうかね…。



『恩寵』