「なあー何で何時も手袋してんだよ?」
何気なくそうジャミルが問い掛ければ、グレイは静かに視線を落とした。町を彩る独特のテントに背を預け黙ったままグレイを、ジャミルは見上げる。
 じっと見つめ、視線を返されるのを待っているジャミルを見ようとせずに、虚ろな瞳はまっすぐ先にある水面を映していた。視線を送れば必ず振り返るはずなのにと、ジャミルは眉をひそめる。
 テント中で地面に腰を下ろし剣を研いていた手を休め、研ぎ残しのあるそれを隣にそっと置いて先程から微動だにしない彼の元へ歩を進めた。 
 いぶしがりながら隣に立ち、上目使いで盗み見るように顔を見る。
 そこには何の表情も繕おうとしない端正な横顔があるだけだった。

「あんなー…俺、何か悪ぃこと言ったか?」

 無言に耐えられず口を開けば、いつもと同じように抑揚のない声が返ってくるだけだった。そんなグレイにジャミルは軽く溜息をつく。これ以上問い掛けても無駄だろうとジャミルも同じように目の前に広がるオアシスを見つめることにした。
 砂漠で生きるものたちにもたらされた、神の恩恵だと言われているこのオアシス。神を信じていないジャミルにとっても、この水は大事なものだった。
 太陽の光りを反射する水面は、小さな魚が尾を翻し作り出す芸術。
 しかしジャミルはもともとそのようなもの見て感動に浸るような紳士的な生活をしていない。
 尾鰭でひらりと水をかくその姿をじっと見ていたジャミルは退屈そうに欠伸を噛み殺した。

 刹那。

「水は好きか」
「んあ?」

 突然問い掛けられたジャミルは、間の抜けた声を発しながらグレイを見上げた。
 その先には、肌色の…無数の傷を持った右手があった。グレイは手袋を口に含み、左手の手袋も力任せに引っ張り両手を露出させる。
 左手も、右手の傷に引けを取らない勲章が彩りを添えていた。

「……」
「別段驚くほどのものじゃない」

 淡々と話すその声色にはやはり抑揚は無く、その代わりばえの無い姿にジャミルはきつく眉をひそめた。その抑揚の無い声はまるで傷付くのを躊躇っていないかのように聞こえたからだ。
 ジャミルは痛みや傷に敏感だ。聞くとも無く聞こえる心の声に、自分の感情を重ねる。

「…古傷はなあ、急に開くこともあるんだぜ?」

 だからこそ、大事にしなければと口を開きかければ、隣にいたはずの長身がそこにはいない。視界の端に映ったのは傷だらけの両手をオアシスの中に無造作つっこんだまま目を閉じたグレイの姿だった。砂漠の風がゆるやかに頬を撫でれば、目の前にある灰色の髪もゆっくりとたゆたった。

「痛くないのかよ」
「古傷だと言ったはずだか?」
「けどさあ…」

 何を言っても自分がそうだと思ったことしかしない。グレイはそういう人間だ…それは分かっていた。
 決して短くは無い付き合いが、語らない言葉の代わりに教えてくれる言葉がお互いにはあった。
 ジャミルは何度目かの溜息をついて足取り軽くグレイの側に駆け寄り、寄り添うように腰を降ろす。
 ためらいもなく、履いていたショートブーツを脱ぎ捨てて同じように水の中にそっと浸せば、しんとした冷たさが全身を駆け巡る。

「冷てーっ!!」
「……」

 パシャパシャと両足を天へ蹴り上げ子供のようにはしゃぐその姿に、グレイは少しだけ口元を緩めて微笑む。
 しかしジャミルの感覚は水に攫われ、側にあった歪んだ笑み気付く事が出来なかった。

 それは、瞬間的な出来事。

「…っわっ!!」

 グレイは冷えた両手でジャミルの頬を抱えた。滴る水を気にすることも無くジャミルの唇を貧るように口付けを繰り返す。
 折角涼しさを与えられていた体もほてりをぶり返したが、ジャミルも薄く笑ってグレイの首に手を回し、お返しといわんばかりに吸い付いた。
 雫が完全に渇ききるまで角度を変えて貧り合いふと我に返ってみれば、、砂に体の半分を侵食されたジャミルがグレイを見上げて、苦笑を送る。

 上気した頬に潤んだ瞳は口より上手に語る。
『オアシスにのまれた両足からの癒しも、唇から与えられる情熱を冷ますのには及ばない』と。
 小さく微笑んだ小悪魔は口元を汚していた唾液を拭い、眉をひそめてにやりと唇を吊り上げた。

「いっそ悪戯出来ねえように傷口なんて開いちまえ」

 喜びと羞恥に染まる頬をそのままに悪態をつけば。

「その時はお前が治してくれるのだろう?」

 当然と言わんばかりの自己中心的な言葉が帰って来た。やはりその声に抑揚はなかったが、灰色の瞳は他人を慈しむ色を見せている。
 緩やかに弧を描く薄い唇は小さく言葉にならない声を発して、柔らかな口付けを降らせた。その言葉にジャミルは動きを止め、静かに微笑みを称えてゆっくりと腕を回して同じように口付けを返す。
 
 近付けば近付くほど熱は肌を伝わり互いに交わりあう。
 ゆっくりと溶け合う頃には、もうオアシスの冷たさを感じることも無くなっていた。


夏ですね。
水分補給を怠ると大変ですのでお気をつけてくださいませ〜〜。
なんて、暑苦しい奴らだなぁこの子達(笑)
大目に見ていただければ嬉しいです(^^)


『水分補給』