例え造形が同じとて、性格が違えば浮かべる表情は異なり、他人にしてみたらふとした瞬間に全くの別人に見えるようなことがあるくらいだった。だからついさっきまで忘れていた――忘れていたという表現は適切でないかもしれない。つまり、覚えてはいたけれどそれが意識として上ってくることがなかった、ということだ。人間は、無意識に自分を守ろうと自分を強烈に傷つけるものを忘れてしまうことがよくあるというが、もしかしたらそれだったのかもしれない。同じ顔、同じ声、それなのに中身は似ても似つかない男にこうして抱かれているというこの現状はあきらかに間違っているというのはアリス自身よくわかっているのだから。
その人の名前をアリスは呼ぶ。間違えることなく、ブラッド、と。呼ばれたブラッドは、アリスをただ見つめたままで動かない。
ブラッドの手はアリスの肩を掴んでいる。目をそらすことを許さないかのようなその指はしかし驚くほどに優しいからこそ、彼の浮かべている表情の険しさが際立つ。真っ直ぐな瞳の濃い色がアリスの上辺をすぅと撫ぜて、中へと入り込もうとしていた。
簡単に諦められるはずなんて、なかった。何でもないように振舞ったのは、それくらいに叶わないことを理解していたからだったかもしれないし、未練がましいだとかそういうことを思われたくなかったからかもしれない。そう思うこと自体、まだ好きでいるという証拠なのに、好きでない振りをした。好きでいるという気持ちが簡単に変えられるものでないことは身をもって知っていたから、何も出来なかった。あの人がアリスを見つめる目と、姉を見つめる目には、明らかなる差があることは一目瞭然だった。ああやって見つめられたかった。姉になれないことは知っていて、それでもなりたかった。見つめて欲しかったあの頃はそれだけでももうよかったのだ。
アリスだけを愛してくれることを望んでいたはずなのに、そのときブラッドが彼女に落としたキスは苦いだけで嬉しくもなんともなかった。好き?好きってなんだろう、愛してくれたら何に行き着くのだろう。抱きしめてキスを交わして肌を重ねてそうして何が待っているというのだろう。あのときのアリスは一体何が欲しかったのだろうか。


「アリス」


ブラッドのその声は奥底にしまいこんだモノを引き上げてくる。アリスの意思とは無関係に生まれて、圧倒的な力をもってアリスを支配する、実際は綺麗なところなんて何1つもない感情。彼女はそれを知っている、知りすぎているくらいに。
こうあればいいと本当は少しだけ願うこともしなかったなんてそんな嘘は言わない。好きになってほしかった。
しかしそれは現実にならないからこそ願える夢だったのに。


「ブラッド、私はあなたを好きになるわけにはいかない」




既視感


アップルサイダー
Tea Fight)
(2007/09/17)