たくさんの言葉をならべてどれほど愛を囁こうともブラッドの想いはアリスの心には響かなかった。だからこそアリスの白くて細い左手の薬指はすでにつながれていて、もうこの想いは彼女に届くことはない。届けるつもりもないのだからそんなものは早々に捨ててしまうべきである。他人がもしも報われない恋を捨てきれずにいるのだとしたら、ブラッドはきっとそれを嗤うだろう。それなのにその感情は彼の体内の奥深くに根を張って未だに胸に燻り、ふとしたきっかけで、爆ぜる。
「…………何の真似なの」
 冗談が過ぎる、という非難の視線でアリスがブラッドを射抜いた。丁寧に管理された芝生といえども、実際にこうして押し倒されると背中に伝わってくるのは堅い感触だった。いつもは靴の裏に感じる草が、むき出しの腕をさらりと撫でるのは不思議な気分だった。
「ふざけるのにもほどがあるわよ、ブラッド」
「ふざけてこんなことが出来るとでも?」
すぐさま応えたブラッドが無理やり薄く笑った。自分の身体の下に彼女がいるというだけでもうすぐさま理性が吹っ飛んでしまいそうだった。いっそ、そんなもの全部吹っ飛んでしまえばどんなに楽だろうか。
 どうしてこんなことをしているんだろう。いつもの通りにお茶会に彼女を招いただけだ。2人きりのお茶会なんて何度も経験しているはずだし、その席で彼女が自分の左手に静かにおさまる指輪の片割れをもつあの陰鬱とした男の話を口にすることだっていつものことだ。それなのに、どうしてだろう、今日はなぜか彼女の唇が彼の名前を浮かべた瞬間に、脳が真っ白にショートした。瞬間的に暴発した感情は、それまで完璧に抑えることができていた欲望と一緒になってブラッドの身体を支配した。
 冗談だ、と言ったら、きっとアリスは許してくれるだろう。彼女も内側に入れたものには甘い部分がある。きっとこれはなかったことになって、これからも彼女とのお茶会は続いていき、アリスはこれからもブラッドに微笑みを見せてくれるだろう。ブラッドはそれを望んでいたはずなのだ。想いが届かないとしても、せめて彼女に好いていてもらいたいと。
「………ブラッド?ねえ、どうしたの……?」
 アリスの表情がだんだんと硬くなり、張りつめた瞳に怯えが見え隠れする。そんな表情をさせたいわけではないというのに、ブラッドの唇は彼女の首筋をなぞった。あ、と小さく悲鳴を上げるアリス。唇に伝わる彼女の肌はあきらかに怯えている。ブラッド、と彼女が呼ぶ声が聞こえ、自分の胸が軋むのがわかった。
 彼女を、壊してしまう。彼女が今まで寄せてくれた思いを全部踏みにじってしまう。それでも彼女の肌を暴くことを欲してしまうほど愚かではなかったはずなのに、一度触れてしまえばもう止めることができるわけがなかった。
 この熱を押し付けても彼女に響くはずもなく、彼女の温度を知ろうともその奥に届くことがないのに、ブラッドの唇が、強引にアリスの酸素を奪った。何かが静かに崩れた音がブラッドの耳をつんざいた。



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