どんなに喧嘩したって、送り出すときは笑顔で送りだすって決めた。
だってこの世界は、この場所に生きて戻ってこれる保障がない世界なのだ。喧嘩して口もきかないで、という状態で死なれたらたまったものではない。後悔しまくるに決まってるじゃないか。


「いってらっしゃい」


気をつけてね、とか、そういうことは言わない。気をつけてどうなるモノではないことを知っている。
だから、言わないでただ、笑顔で送り出す。そうして私は逃げている。ブラッドも何も言わない。――きっとこの人のことだ、私のことなんて全部わかってるに決まってる。私の弱さを全部知っている。


「浮気しないで待っててくれ、奥さん」


振り返って、にやりと笑ったその顔をみせて、それから帽子を被りなおして前に向き直り、出て行く。
私はその背中をずっとずっと、見つめる。小さくなって、見えなくなるまで。もしもこれが最後でも、もっとちゃんと見ておけばよかっただとかいう後悔をしないでいいように。脳のなかに焼き付ける。あの人がわざわざ与える熱だとか痛みだとか、それだけじゃなくて、のどかな日差しの下の、大きくてとても届きそうにないくらいの背中だって、私はとても愛している。





ダーリン、あたしを決して離さないでね


 (2007/07/10)