あの人とよく似た人の傍に居るから最近はいやでもあの人を思い出してしまう。ふとした瞬間に、まるで湧き出すように、網膜に焼き付いたそれらはアリスの元に落ちてくる。その少し色褪せた映像のなかであの人はいつも微笑んでいる。そうしてこちらを見てくれている。あの人はとても優しくて、そしてとっても愛しかった。そう感じていたことも今はもう過去の話なんだと考えることが出来るようになっている。自分の小さな頃の思い出を懐かしむような意味でいえばそれらの思い出は大切だったが、そこには特別なニュアンスはない。
 目の前の人を眺める。中途半端に長い黒髪が顔に影を落としていた。よく似ている、という感想は最初から今まで変わっていない。

「………何かな、お嬢さん」
「ん……やっぱり似てるなあーと」

アリスが正直に答えるとブラッドは深いため息を吐き出して、肩をがっくりと落とした。

「まだ私にその話をするのか……」
「悪いとは思ってるわよ、一応」

 結婚してまでそれを忘れないでいることは多少は悪いとは思うが、当然忘れられるはずがない。あれだけ好きだった人なのだ、似ているブラッドが悪い。今はもうあの人を想ってはいないとしても、ブラッドの顔は思い出を引き出すには十分すぎる。 しかしブラッドもそれがわかっているらしく、最近はそういった話題をしても、あからさまに怒ることをしなくなった。以前はちらりとでもアリスからその話題をうっかり口にしてしまえばいつだってどんなに図太い神経の持ち主だって震え上がらざるをえない状況に追い込まれていたのに。
ブラッドは、見た目も基本的な態度も、結婚したからといって特に変わったワケではなかったが、例えばこういう何気ない瞬間に見えかくれする行動を目の当たりにすると、ああかわったなあとアリスは感じるのであった。余裕がでてきたとでも言えばいいのだろうか。

「……でも、あの頃とは違うの」

私も変わった、とアリスは思う。恋なんてしたくないはずじゃなかったのか。あんなに面倒なことは二度とごめんだと思っていたのでは。
今思い返してみれば、そう思っていたあの時、まだあの人への想いを捨てきれずに居たのだとアリスは思う。アリスはそれを自分から遠ざけるように、心の奥底にひっそりと眠らせて沈めていたのだ。そうして見ないふり知らないふりをして、それを捨てた気になっていたのかもしれない。だから、恋には前向きになれなかった。未だ好きで好きでしょうがないのにほかの人を考えることなんて出来ないのだから。
こんなことを考えれるようになったのだ、私は変わった。変えたのはブラッド。そう考えたらなんだか可笑しくなってきてしまって、アリスはくすくすと笑い出した。くすくす。ブラッドは当然おもしろくないらしく、それでも柔らかくこちらを見ていた。アリスの笑いが含んでいる感情に気付いていたからかもしれない。

「今はね、馬鹿なこと考えてるのよ?」
「へぇ……どんなことかな?」

 アリスは手を伸ばして、ブラッドの頬に触れた。此処に居るこの人が、今は一番大切。何よりも。全てを捨てさせられて、それでもアリスは笑えている。幸せだなんて感じてしまう。

「あなたがあの人に似てるんじゃなくて、あの人があなたに似てたんだなあって」










き  み  に  似  た  ひ  と




(2007/04/15)