ブラッドの髪は黒いけれど柔らかい。後頭部を手のひらで包むようにブラッドにすがったときに指にまとわりつく柔らかさが好きだと思う。舐めたら甘そうだ。ブラッドが怒るだろうから実際に試したことはないけれど、甘い匂いもするし、絶対に美味しいと思う。怒られてもいいから今度舐めてみたい。だって肌でさえあんなに甘いのだ。骨がしっかりとしているけれど余計な肉がついていないいつも服の下で眠っている白い肌は脂肪分の少ないクリームのように甘い。それはあまりにもはやくエリオットの舌の温度でさらりと溶けてしまって、すぐに口の中から消えてしまうから、もっともっと欲しくなる。口にするたびに餓えだけがつのるとわかっていても肌の白さに理性がふっとぶ。肌を食いちぎってその皮膚で覆われた部分に隠された蜜を舐めとろうとして歯をたててしまう。だからいつだってブラッドの肌に紅い花を咲かせてしまう。終わったあとに見るその赤はいつでも痛々しいのに、彼の血すらも愛おしくエリオットの唇を潤すものだからやめられない。
どうしてこの人はこんなにも甘いのだろうと思う。どこもかしこも中毒になりそうなくらいにエリオットの脳に直接ゆさぶりをかけるように甘い。もしかしてもう中毒?ああそうかもしんない、だって俺、きっと、ブラッドがいなくなったら生きていけねぇもん。


「ブラッドってなんでこんな甘いの」


床に押し倒すなんてことは出来ないブラッドの綺麗な身体を受け止めるベッドのスプリングが奏でる安っぽいジャズのような旋律の合間に息継ぎをするようにエリオットが言って、耳朶を猫のようにかぷりと甘噛みしてそのあとで耳の裏側に舌を這わせた。エリオットの体温が触れた瞬間にブラッドの肌からは信じられないくらいの甘さが染み出す。
紅茶にブラッドの指を溶かしたらどんな味がするんだろう。砂糖は硬すぎるし、蜂蜜はぐずりと舌にいつまでも絡みつく。ジャムは余計なものがまざりすぎている。
黄金色に落ちた白い肌色が紅茶の温度のなかに溶け出して、その奥にあった骨がカップの底にことりと沈む。角砂糖のようにブラッドの骨は空気の泡を出しながら崩れていくだろう。ぷつぷつと。炭酸のようにきつく自分を主張するわけでもなく、カップを持ち上げて水面が揺れただけで壊れてしまう泡はきっとたまらなく愛おしく感じられるはずだ。


「………甘い?」
「うん、甘い。全部甘い」


ぺろりと一気に飲み干してしまいたいくらいに甘く無防備にブラッドの身体や声はエリオットを誘惑する。エリオットはブラッドを抱いた気でいるけれど本当に抱かれているのはもしかしたらエリオットのほうなのかもしれない。そう思うとむしろエリオットは嬉しくなる。だってそれって愛されているってことじゃないか。
エリオットは身体を起こして、ブラッドの横に移動して、座る。上体を起こしたブラッドの手首をそっととった。力のはいっていない指先に音をたててキスをして、わざと見せ付けるように彼の指を舌で掬い上げるように舐めてみせた。舌が軽く押せば弾力のある指先の皮膚は元の形にもどろうとする。そのしなやかさの端から夜の匂いが零れる。
そのまま咥内まで運んでしまおうとするのをこらえて、ブラッドの指先を離す。そうしてその指先をブラッドの口元にもっていく。少し開いたブラッドの唇に、彼の指先をあてがった。ブラッドは何か言いたげにエリオットを見たが、ついに何も言わずただエリオットを眺めていた。が、やがて、果物に口付けをするように、自分の指先を受け入れた。
じわり、と唇に広がったのは、甘さだった。どうして、いつも何も考えずにまとっている自分の皮膚なのに、と考えて、ブラッドは、はたと思い当たった。


「………甘いのはお前のほうだろう、エリオット」


この指先はさっきまでエリオットの唇や舌が侵していたものだから、こんなにもうっとりするほど綺麗に甘いのだ。
ブラッドは自分の手首を持っているエリオットの手にもう片方の手を添え、自分の指先を押しやると、エリオットにキスをした。ぬるりとした生暖かいエリオットの舌は何よりも甘かった。






甘いのは君のほう








(2007/08/21)