スペインの肌に触れた瞬間、怖いことなんて何もないと漠然と思った。
 前開きのシャツのボタンをすべて外して、ゆっくりとスペインの素肌に触れたロマーノの手のひらに伝わってくるのは忙しない心音。考えてみれば遥か昔から傍に居たって言うのにこうやって皮膚一枚隔てたすぐ下に心臓がある場所に触れるのは初めてのことだった。スペインに抱きしめてもらってその胸に顔をうずめると、いつだって布ごしに伝わってくる穏やかな心音は子守唄みたいに優しかった。
「――俺、おまえのこと、好きだから」
 薄暗い部屋の中で月明かりに照らされて2人が身体を預けているシーツの白がぼんやりと浮かび上がるように冷たく輝いている。夜の暗闇がこの部屋以外を消してしまったんじゃないかと思えるくらいの静寂の中で、スペインの鼓動だけが明るく大きく響いている。ロマーノの心臓も同じくらい跳ねていることがスペインに伝わっていればいいと思う。それだけできっとロマーノがどれだけスペインのことが好きか、言葉にするよりはっきりとわかってくれる。
 スペインの大きな手がロマーノの後頭部を包む。
「――まだ、子供やと思ってた」
「俺、もう子供じゃねぇよ」
「俺から見たらまだロマーノは子供やもん」くすくすと笑いながらキスを落とすスペイン。髪に、額に、瞼に。あ、とロマーノが小さく声をあげて、ぎゅっとスペインの肩を掴んだ。それでもスペインは何度もロマーノの肌に口づける。頬に、顎に、そして唇をついばむ。ぴくり、とロマーノがそのたびに震えるのがわかる。
「………くすぐったがるのは子供の証拠やで、ロマーノ」
「ば、っ、くすぐったくなんかねーよ!」
そう言いながらもロマーノの顔が赤くなるのを見るに、どうやら本当にくすぐったいんだろう。それなりに成長して、一人前な口を聞くけれど、例えば全部抱え込んでしまえる身体だとか、そういうところがまだまだ子供のまま。それなのに背伸びをして、自分のことを見て、求めてくれるのが、どうしても嬉しくてしょうがない。俺も大概こいつのこと好きだよなあと苦笑する。
「本当にええん?」
「何回も聞くなよ、バカ。俺は、おまえが好きだっつってんだろ」
 何度も泣かされたし、何度も困らせたけれど、それでも好きだと思える。スペインから見たらロマーノはまだ子供かもしれない。だけれど、この気持ちは本物だ。子供だからって間違えることはない。
「大好きだ、この野郎」
 捨て台詞のように言ったロマーノが、笑おうとしていたスペインの唇をふさぐ。ロマーノの後頭部をなでていたスペインの手がやんわりと輪郭を撫でつつ下へおりていくのを感じながら、ロマーノは目を閉じる。スペインの熱で、もうほかは何も考えられなくなる。やっぱり怖いことなんてない。だってこの人の熱はこんなにもまっすぐで、やさしい。






(2008/12/19)