ズボンのポケットに入れていた携帯電話がぶるぶると震えた。
 ヴィオラを弾く手をすぐさまとめて、まだ震えている携帯電話を急いでとりだす。練習の誘いだろうか、昨日は確かこのくらいの時間に電話をくれた気がする――と期待しつつ携帯電話の画面をチェック。
 まず、電話ではなくメールだったことに大地はがっかりする。彼女はいつも練習のお誘いを電話でくれるので、とりあえずこのメールは彼女からの練習の誘いではないということが確定しているからだ。
 それでも、メールの差出人が彼女である可能性はある。もしかしたらこれといった用事はないけれどメールを送りたかったというような、緊急性も重要性もないような、些細な出来事に関することを書いて送ってくれたのかもしれない、それはそれで、いやむしろそっちのほうが嬉しいかもしれない。と、過度に期待しすぎた大地も悪いのだが、メールの差出人がオケ部の後輩は後輩でも小日向かなでではなく水島悠人だとわかった瞬間、大地はがっかりと肩を落とすほかなかった。
 壮大なため息を吐きながら悠人のメールを読んでみる。アンサンブルで合奏練習をしたいから用事がなければ四時に部室に集合してくれ、という内容だった。大地が最初に期待したとおり、練習のお誘いだったわけだ。でも相手が違うんだよ相手が、と大地は心の中で悪態をつく。
 けれどもよく考えてみたら、アンサンブルで合奏練習なのだから、きっと、いや絶対にかなでも練習に来るということである。
「……っていうか、なんで俺ひなちゃん中心に考えてるんだろう」
一人呟いてみるものの、当然答えは返ってこない。
 たぶん野郎共と練習するよりは可愛い女の子と練習したほうが楽しいからだろうなと自分で自分を納得させながら、大地は悠人のメールに返事を出す。もちろん練習を承諾する内容である。
 送り終えると大地はすぐに携帯電話をしまい、ヴィオラの練習に戻る。このあとかなでと一緒に練習をするのだから少しでも上達しておかないといけない。
「……ん?」
 また思考の中心に彼女がいるのは気のせいだろうか。
 おかしいなあと思いながらヴィオラを構え、深呼吸をして、先ほどの続きから弾き始める。指先がさっきよりもなめらかに動く気がするのも、たぶん気のせいだろう。


待ちぼうけの午後



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(2010.03.16.)
(title by Nicolo)