いつだったか、会話の途中で、日野に半ば冗談めかして言ったことがあった。冬海は小さくてか細くて、強い風でも吹いたら飛ばされてしまいそうだ、と。対して日野はといえばむしろ嵐を呼び起こしてその中心に両の足でしっかりと立っていそうな強靭さがあって、だから土浦にとって日野は例外的に話しかけやすい女子生徒だった。例えば報道部の天羽もそうだ。彼女は巻き起った嵐へここぞばかりに嬉々として突撃していくタイプなので、むしろ彼女のちっとも折れることを知らないしなやかな強さに尊敬すら覚えた。
 そんな特殊な二人と違い、冬海は土浦が知る“女子”らしい女子だった。少なくともコンクールが始まったばかりの頃はまさに土浦が苦手とする典型的な女子生徒に見えて、話しかけるたびに怯えさせてしまうようだったから、お互いのことを考えて土浦から話しかけることを途中からやめてしまった。
 あれから桜も新緑も過ぎ、蝉の声も静まって、風が段々と落ち葉の匂いを孕みだし、そろそろ秋がやってくる。土浦にとっては学院で過ごす二回目の秋だが、冬海にとって学院の木々が赤や黄色に染まるのを見るのは初めてだろう。そして土浦も、落ちるのが早くなった赤い夕陽のなかで紅葉を嬉しそうに見上げる冬海の横顔を見るのは初めてだった。
「寒くなってきたな」
 白い頬を、赤く染まる耳や唇を、長い睫毛が落とす影を、か細い首筋から肩のラインを見つめるだけで募る想いたちは原稿用紙三枚を使っても書きつくせないだろうから、土浦はあえて、無言を埋めるための音として以上の意味を持たないような、どうでもよいことを呟いた。
 しかし冬海は木々を見上げていた視線を土浦の方へまっすぐ向け、そして蕾がほころぶように、はにかんだ。
「そうですね」
 今すぐに突風でもなんでも吹きつけてくれればいいのに、と土浦はほとんど本気で願った。そうすれば飛ばされてしまわないようにという立派な名目で持って、なにもかもお構いなしに今すぐ冬海を抱きしめられるのに。




ノトスに願いを




(2013.01.17.)