兄上に随分と気に入られてしまったようですね、と、ほたるを自室へ迎え入れた信行はそう苦笑した。
「近頃、兄上は姫の話ばかりなさるんですよ。今朝、所用があって天主へ伺った際にも、あなたが兄上に花を贈られたのだという話を聞かされました」
「まあ……」
 確かに先日信長の元を訪れた際、ほたるは彼に花を贈った。しかしながらくない投げの修行の際に偶然見つけてなんとなくとっておいただけのものを渡しただけで、気まぐれの行動が他者に話すほど喜ばれているというのは彼女としても嬉しいことではあったが、同時に一抹の申し訳無さも覚えた。今度は信長のことを思って選んだ贈り物を用意して彼に逢いに行かなければ――、と考えている自分に気づき、ほたるは愕然とする。これではまるで平凡な姫君のようではないか。
 姫に姿を偽り皆を謀っているという事実を改めて思い返し自らの言動を猛省するほたるの沈んだ表情を、何か別の意味に捉えたのか、信行は、ふふ、と唇を緩めるように笑い声を漏らして、
「そのように憂いを帯びたお顔で兄上のことを想われるんですね。少し、妬けてしまいます」
「えっ」驚いてほたるが顔をあげる。ほたるを眺める信行の口元に携えられているのは、ほたるがよく知っている穏やかな微笑だった。すべてを許し、受け止めるような、温かな微笑み。
 全く、正反対の気性を持った兄弟だと、ほたるは思う。瞳や鼻や唇や髪といった、器官の一つ一つをそれだけ取り上げて見比べればきっと二つは似通っているはずなのに、口調も言動も表情も対照的だから、それら似通った器官たちで構成されている二人は一見するととても兄弟には見えない。
「冗談です。きっと、僕があなたを『義姉上』と呼ぶ日も、そう遠くはないのでしょうから」
 信行の顔が障子に濾された夕日で微かに紅く染まっている。紅。安土に逗留し始めた直後、城の外れで彼が見つめていた曼珠沙華とよく似た鮮烈な紅。
「……それも、冗談ですよね」
 ほたるの問いを問いかけととらなかったのか、信行はただ花を慈しむように微笑むばかりだった。



flower in the far side
(2013.12.1.)