隣に横たわるなずなの胸が規則正しく上下している。彼女の、美しい水を凍らせたような美しい瞳は、閉ざされた白い目蓋にひっそりと覆い隠されている。一方で、薄い桃色の唇は少し開かれていて、砂糖細工のような歯の白さが夜闇に支配される室内でぼんやりと光っているように見えた。
 女の子は砂糖やとてもすてきなモノで出来ている、という言葉があるけれど、なるほど確かに彼女を見つめているとしみじみそう感じる。女の子。ダリアは、自身は女であるかもしれないけれど、女の子ではないということを知っていた。素直で、真っ直ぐで、可憐で。そしてこの上なく強い。
 彼女に受け入れられて、必要とされて、そんなの嘘みたいだ。触れたら溶けてなくなってしまいそうに儚くて、現実味がなかった。ダリアが誰彼なく演ずることが出来るのは、ダリア自身が誰でもなくただ無色で空っぽな入れ物でしかないからこそだった。そんなただの構造物であるそのままのダリアを見つめてくれる、なんて。
「………私が、私でいたいと思うなんてね」
 少しだけ怖くもあった。鏡に映すよりももっと前の、真っ暗闇にぽつんと取り残された自分自身。なずなを愛することはたぶん、臆病で醜い自身を直視することだから。
 けれど、もう、彼女を愛おしいと感じる気持ちを止めることは出来ない。彼女と帰宅部の賭けはダリアのせいで帰宅部の負け、それでいい。もしもなずながそれを気にするようならば、なんなら百二十万円くらい、彼女の代わりに支払ったって構わない。お金で彼女を買いたいというのではなくて、お金についてだって遠慮なんてしてもらいたくなかった。なずなは真面目だからダリアの提案を固辞することは明白だろうけれど。
 そんなことさせられないよ、と頑なに頭を横に振るなずなを想像することはあまりにも容易で、ダリアは思わず笑みをこぼす。本当に、清々した子。一つのベッドで彼女と温度を分け合っていると、ダリアまでが澄んだ存在になったような錯覚を覚える。
「……ふわ、あ」と、ダリアは欠伸。
 部屋に満ちる闇の色からしても、夜明けまではまだ遠そうだ。もうひと眠りしようとダリアは目蓋を閉じる。視覚を遮断することでより鮮烈に感じられるなずなの匂いと温もりと寝息が、ダリアをゆるゆると夢へ導いてくれる。願わくば同じ夢を見たいなとダリアは思う。どうせ目が覚めてからだってずっとずっと一緒にいられるくせに、自分らしくもないセンチメンタルなことを考えているとはわかっている。
 ああ、もしかしたら“私”は、センチメンタルで強欲なのかもしれない。ふ、と微笑んだダリアの意識が、ゆったりと、なずなと同じ眠りへ落ちていく。


夜闇にねむる

(2012.01.20)