唇に触れたと感じた瞬間、左の頬に鈍い衝撃が降ってきた。
霧人の唇をただ貪ろうとしていた響也はあまりにも無防備で、その平手打ちを受けた瞬間情けないことによろめいて数歩後ずさりをする結果になった。段々と痺れるような痛みが染み込みだした頬をおさえて嗤う響也。
「相変わらずだね、アネキは。いまさらキスくらいどうってことないだろ?」
「――っ……!」
 殴られたのが響也で殴ったのが霧人なのに今にも泣き出しそうなのは霧人のほうだった。響也が少しでも彼女の身体に触れたなら本気で泣き出すんじゃないかと想像したらたまらなくなった響也は霧人の身体をそのままフローリングに押し倒した。霧人の喉から決して小さくない悲鳴が漏れた。
無様に抵抗するではなくただ横を向いてぎゅっと唇を噛んで耐えるその姿はむしろ逆効果であることをきっと霧人は知らない。ごくりと響也は喉を鳴らして目の前に差し出された細い首筋に噛みつくように唇を落とした。生暖かい吐息とざらりとした舌が骨をなぞるように霧人の肌の上を、
「……ふ、あ、」
ぞわりと背筋が粟立って、霧人の唇の端から言葉が漏れる。その吐息が霧人のなかで温度を上げる熱を雄弁に物語る。
 あいしてる、とうわ言のように呟いた響也は強引に霧人の唇に自分の唇を重ねた。息継ぎをはさみながら響也は霧人の唇を何度も塞ぐ。塞いで内側から壊そうとするかのように中へと侵入する。
 しばらくの間、キスは嵐のように降り注いで、そして唐突に止んだ。それからちっとも響也が動く気配が感じられないことが逆に恐ろしくて怖々と霧人が目を開けると、鼻先が触れるか触れないかくらいの距離で響也が霧人を見つめていた。彼のその揺らぐことのない視線に霧人の身体はすぐさま絡めとられ、そのまま囚われる。
「きょう、――っふ、」
名前を呼ぼうとした彼女の唇はしかしまたふさがれ、舌先まで出てきていた彼の名前を呼ぶ声は吐息ごと響也の唾液に持っていかれる。
 この上なく一方的で乱暴な彼のキスは霧人が酸素を取り込むことすら許してくれず、霧人はくらくらと世界が回っているような眩暈を覚える。思考回路がショートし始め、何処までが自分の身体でどこからが自分以外なのか、その輪郭線を感じ取れなくなる。ただ響也にそそぎこまれている彼の唾液の爛れるような熱さだけが強烈だった。あたかも身体中を響也の舌が這いずりまわっているかのごとく、彼の熱は全身を駆け巡り、血液が煮詰められてとろけだしそうなほどに熱くなる。
「あっ……っふ、あ、ン」
 響也の熱は今や麻薬のように霧人の全身に作用していて、麻痺させられた中枢神経は陶酔感に溺れ、もっともっとと響也の熱を欲しがり、そうして彼女の唇からはキスの息継ぎのたびに甘くせびるような悩ましげな吐息がこぼれだす。
「アネキ、あいしてるよ」
 霧人の記憶の中にいる、幼い頃の彼とは全く違う低い声に見様見真似で覚えた愛の言葉を口ずさまれるたび、本当はもう、全部投げ出してしまいたくて仕方がなかった。投げ出して、受け入れて、単純に溺れてしまいたい。
 しかし熱情に溺れきるには霧人はあまりにも中途半端な臆病者だった。溺れた先でおそらく失ってしまうであろうたくさんのものを知っている彼女は愚か者になれず、かといって喉のあたりで焼けつく想いに気付かないふりができるほど聡くもなれない。
 だから彼女は響也の強烈な欲望に流されているふりをする。彼に負けたふりをして、それでもなお霧人に愛を嘯く響也に甘えている。
「ぼくの全部をあげるから、アネキのモノにしてよ」
 ワイシャツのボタンがはずされてあらわになっていく部分にしるしをつけていくように落とされる唇を、あたかも堪えているような顔をして、そのくせわざと瞼を閉じた。そうして目を通してはいってくる余計な情報をすべてシャットアウトすれば心臓にやさしく口付けをされているような感覚。ああ、ほんとうにこのくちびるがわたしだけのものになればいい。そうしたらきっと霧人はその身体にあふれそうな想いにちゃんとした名前をつけてその名前を響也に教えてあげることが出来るのに。
 唐突にこぼれそうになった涙を、ボタンをはずし終えて左右にワイシャツが開かれ、無防備になった胸を直接触ってきた響也の指の熱さに意識を集中させてやりすごす。彼女の決して大きくはないふくらみは響也の手のひらのなかにあっさりとおさまってしまい、彼の指の動きにあわせて弾むように形を変え、熱を帯びていく。
「あ、っ…う、」
「だんだん乳首勃ってきたね、やっぱり気持ちいい?」
「ばっ……そんなわけ、」
「そんな風に目を潤ませて否定されても説得力ないよ」
馬鹿だなあ、と響也は微笑んだまま、ぺろりと舌を出して、存在を主張しはじめたふくらみの中心をぺろりと舐めあげた。思わず霧人が声をあげる。
「ひぅ……っ」
 ダイレクトに反応があったのが嬉しかったのか、響也が今度は乳首を口に含んだ。あまい飴を舐めるように転がしつつ時折ほんの少しだけ力を入れてそこを吸うと、そうやってその部分を吸われるのに弱い霧人はもっときちんとすすって欲しくて、ねだるように喘ぎだす。
姉の可愛らしいおねだりにうっかりこたえてあげたくもなるのだけれど、響也はそこをぐっとこらえて、微かに吸いつくだけにしておく。何故なら、こうしてこらえていれば必ず霧人がきちんとねだってくれることを知っているから。
「……んっ、……きょうや、………」
 霧人が切なそうに響也の名前を呼んだ。ほらね、とほくそ笑みたくなるのを必死に抑えて、その切ない響きを聞き取れなかったふりをした。
「何? まだ抵抗するの?」
「――っ、」
冷たく響也が言うと、霧人が息をのんだのがわかった。抵抗し続けなければという想いと、焦れてしまってもっと上の快楽がほしいという欲望が彼女のなかでせめぎ合っているのが手に取るようにわかった。――ああ、もう限界。
「ひああッ………!」
 こらえきれなくなった響也に強く吸い上げられると、霧人がひときわ大きな声をあげた。もう彼女の声音には拒否するような頑なな部分はすっかり消え去っていて、口の中で乳首が張り詰めるように固くなったのがわかった。
「その声、かわいい。もっと啼いて」
 響也の手がスカートの中に侵入してきて、中心の潤みが染み始めていた下着とストッキングをはぎとった。スカートは履かせたままで右足首を掴んで自分の肩に乗せると、スカートの奥、少し暗くなった部分が大きく開かれる。しかし霧人はもう抵抗する気は失せてしまったのか、甘い吐息を震わせただけだった。それとももう抵抗することを忘れてしまうほど気持ちよくなりたくて仕方がないのかもしれない、と彼女の中心に触れながら響也は思った。彼女のそこは既に彼のモノを受け入れられそうなくらいに潤んでいて、響也の指をあっさりと飲み込んでしまう。
「っん……あ……っ!」
 響也の指にまとわりついてくる熱い壁を同じぐらいの力で押しかえしてやると、奥の方からさらに蜜があふれてきて響也の手の甲まで伝った。
 ここまでくれば、彼女の身体は響也の与える快感に素直に反応を返してくれる。身体だけじゃなくて心の方もこれくらい素直になってくれるといいんだけどな、と思うけれども、実際には恥じらうように可愛らしい抵抗を見せてくれた方がそそられる。今日みたいに叩かれるのも響也にとっては嗜虐心に火がつくだけだった。ただ、新曲のプロモ中とかだと、顔に痕つけられると少しだけ困るけれど。
「ああっ……ん!」
 弱い部分を知り尽くしている響也がその部分をピンポイントでせめてくる。彼の指先がもたらす快楽は霧人の許容範囲を大幅に超えていて、過度の快楽を処理できなくなった彼女の脳は最早物事を判断することをやめてしまい、彼女は次第に快楽に支配されていく。
「――すきだよ、アネキ」
響也の囁きに、快楽で何も考えられなくなった霧人が、反射的に言葉を返した。
「わたしもすき、……っ」
 そう言って響也の首にまわされる霧人の腕。泣きそうな目は響也を見つめている。
「………アネキ」
 響也はふっと微笑んで、彼女の中で動かしていた指の爪先で、彼女の粘膜をやさしくひっかいた。そうして彼女の赤い唇にやさしくキスをほどこすと、びくんっ、と彼女の身体が瞬間的に強張った。痛いほどに響也の指を締め付けてきた内壁から、涙のように蜜の雨が降りしきる。




マイシスター

(2008.11.23.)