ホワイトアウト

「――っ!」
鋭い息が漏れて、身体の中心に集まっていた熱が一気に吐き出される。身体の火照りが頂点に達した次の瞬間、外気に触れて冷めていく。皮膚の内側で凶暴に荒れ狂っていた衝動が白濁した欲望と同時に体外へ流れて出ていくのがわかった。はちきれてしまいそうなくらいに大声をあげていた心臓が段々と落ち着いていく。
 白い天井を仰いでいた視線を下へと動かせば、仰向けに横たわる響也の上にまたがっている霧人の色素の薄い瞳と目が合った。霧人の唇が落ちてくる。頂点に達した直後で力の入らない身体に、霧人の柔らかい唇が心地いい。触れてる部分から蕩けてしまえたら最高だなあ、と響也はぼんやり考える。
「あ、にき…………」乱れた呼吸の合間に霧人を呼ぶと、霧人は薄い微笑みを浮かべた。
「堪え性がありませんね、おまえは」
 霧人が、先ほどまで響也の身体の中心を掴んでいた右手を恭しく掲げた。濃い白色の、どろりとした液体が霧人の手を汚している。他の誰も穢すことのできない霧人の指先を、さっきまで響也の体内にあった欲望でつくられたそれが汚しているのだと思うと、身震いするほどの幸福を感じた。響也の体内で、冷えたはずの熱が再度うずき始める。
 響也にわざと見せつけるように、霧人は響也のものにまみれた自分の指先に、ゆったりと唇を寄せた。うつむいて、指先を汚している白濁したそれを舐めとりはじめる。ぴちゃり、と粘ついた音がして、指先の白は唇の赤に混ざり合い、そのまま唾液のなかに溶け込んで、やがて口内の細胞を侵食して、霧人の一部に成り果てていく。
 響也は呼吸を整えながら、霧人の行為を黙って見つめていた。表情を変えることすらせずに、響也が吐き出したものを口にする霧人は耐えがたいほどにうつくしかった。うつくしいものは、壊したくなる。どうしようもない欲望がちりりと爆ぜる。
 響也が右ひじで体重を支えて上体を半分起こすと、自分の指先ばかりを見ていた霧人の目が響也のほうを一瞥したのがわかった。あにき、と小さく呟いて左手を伸ばし、霧人の口元にある彼の右手首を掴んで、そのまま自分のほうへ引き寄せる。
 目の前まで近づけると、霧人の細い指全体が不自然に光っているのがよくわかった。
「やっぱりアニキはぼくのモノであるべきだと思うんだけど」
「………私は誰のモノでもありませんよ」
「そんなこと平気な顔で言うんだから、酷いよね」
 薄く唇を歪めた響也は、自分の方に引き寄せた霧人の指に舌を這わせた。さっきまでアニキが舐めてたんだからこれも一種の間接キスなのかな、と思ったらなんだか可笑しかった。
 響也の舌が触れた瞬間こそ指をぴくりと震わせて反応らしい反応を返した霧人だったが、それっきり眉ひとつ動かさずに響也が自分の手を舐めるのを観察するように見つめ、ただただ響也の熱を黙って受け取っていた。響也の小さな口の中で、1つの生き物のように蠢く舌にほぐされ、熱を帯びた唾液にまとわりつかれる。自分の指を濡らしている液体がいったい何であるのか、そもそも何処までが自分の指で何処からが別のものなのか、境界線が曖昧に滲んでいく。
「…………そういうお前こそ、私のモノではないでしょう」
 静かに霧人が言うと、響也は霧人の指先を舌で転がすのをやめて応えた。
「アニキが自分のモノにしたいんなら、してくれてもいいよ」
 自由になった霧人の指先から、だらしなく半透明の液体が滴り落ちて、響也の肌に落ちた。それは、まあるい形のままで響也の肌の上に留まる。
「お前は、私のモノになりたいのですか?」響也の肌の上に零した液体を舐めとってから霧人が言う。
 響也が霧人の頭を抱いて、そのまま後ろに倒れこんだ。また、白い天井が視界にはいる。胸にかかる霧人の吐息があつい。目を閉じると、霧人の呼吸が脳髄に直接響いているように聞こえる。思考が次第に停止していき、感覚だけが研ぎ澄まされていく。
「――ぼくは、むしろ、アニキの一部になりたいよ」
使役され、死ぬまで片時も離れることのない存在になりたいと思う。境界線なんていらないから永遠に溶け合っていたい。霧人と云う存在に塗りつぶされてしまいたい。
「傲慢ですね」
 霧人が笑って、また口付けが交わされる。恋人同士が交わすにしては乱暴すぎるキスが、互いの熱を押し付け合って互いの呼吸を奪い合う。酸素が足りなくなって瞬間的に視界が真っ白になったそのとき2つを隔てるものすら見えなくなって、響也はまるで自分と霧人が1つの熱のかたまりであるかのような錯覚を覚えた。









(2008/04/27)