身体全体で受け止める彼女の体躯は確かに記憶のなかのそれとは比べ物にならないほど長く、そして重かった。夕神の知る彼女はどれだけ抵抗されようとも片手であっさりと連れ去ってしまえるくらい軽かったし、手足は少し加減を間違えればぽきりと折れてしまいそうにか細かった。重苦しいヘッドホンのせいか、いつだってうつむいていて、長い睫毛に縁取った瞳は自分の爪先を追うことで精一杯に見えた。こんな風に、誰かを真っ直ぐ射抜くように見つめる彼女の視線など、夕神は知らなかった。それは紛れも無く、貪欲で懸命な女の目だった。
「夕神さん、ごめんなさい、わたしは、わたし、」
 夕神が知っている儚い少女はどうしたって七年の時を独りで超えられるはずもない。けれどもそれは夕神から何処か遠くのお伽話でしかないと思っていた。あるいは何処か遠くのお伽話であればいいと願っていた。際限なく永久に続くような沈黙の檻。しかしあのあどけない少女を守れるのだから、そこは無の暗闇ではなかった。
「ココネ、……あんまりそうやって人に気安く抱きつくのは感心しないなァ」
「気安く、なんかじゃ、ないです。だって、夕神さん、夕神さんのことばっかりかんがえ、考えて、」
 もうその身体はあどけなく何も知らない少女のそれではないのに、二千五百五十五日を経ても、夕神さん、と夕神を呼ぶ声音が何も変わっていない。呼べば答えてくれる、どれだけ呼んだって邪険にしないで傍にいてくれる、そんな風に安心しきって、甘えて、優しくて、穏やかな、声。心音がそんな風に夕神を呼んでくれたから、夕神は心音をずっと甘やかして、優しくして、穏やかに笑っていられるようにと願うようになったのだ。――ああ、二千五百五十五日を経ても手前の想いだって変わってないじゃねェか、と夕神は苦笑する。
「な、なんで、笑うんですか……! わた、わたし真剣に、」
「ちっとも変わらねェな。それなのに、見た目ばっかり綺麗になっちまって」
 本当にこれでは、願った通りのお伽話のハッピーエンドではないか。けれどももしこれがお伽話なら、彼女はこれから永久に幸せに暮らせるのだ。ああなんて幸せなことだろうか、と夕神は、守られるだけのお姫様になるには随分とがっしり硬く強固な心音の身体を優しく抱きしめ返した。



フェアリーテイルにティアラはいらない

(2013.09.26.)