「なァ、確認しておきたいんだがよ、俺に期待なんてしちゃァいねェよな」
 分厚いガラスの向こう側の夕神の両の瞳には長く伸びた前髪が曖昧な影を落としていて、果たしてどんな色が宿っているのか、御剣には見て取ることが叶わなかった。だからこそ、夕神の言葉がどれだけ図星を突いていたとしても、御剣は夕神を見つめ続けることが出来た。
 彼の言う通り、御剣は期待をしていた。賭けていた、という方が正しいかもしれない。夕神に残された時間はあまりにも少なく、御剣にとって最後の手段であり、最後の賭けであり、最後の希望だった。その荒療治が、彼女の眩さが、夕神を変えるのではないか、と。
 御剣は重く息を吐き、腹をくくった。見透かされた以上、いっそ畳み掛けるしかない。
「期待か。していないワケがなかろう? そうでなければわざわざ面倒な手続きを踏まなければならないお前に話を持ってなどくるものか」
「そいつは残念だなァ」と、夕神は鼻を鳴らして笑った。「ダンナはもっと頭がいい人間だと見込んでたのによォ」
「私も残念だよ、夕神」
 夕神にではなく、自分自身の無力さがまったく口惜しかった。すべての罪を認めている彼から犯行の動機を聞き出せないこと。彼が犯人でなく、ましてやスパイなどではないということを証明出来ずにいること。
 皮肉なことに、まさにスパイの疑いがかけられているせいで、結審から七年が経った今でも、彼の刑は執行されずにいる。序審法廷システムの導入は公判期間だけでなく、結審から死刑執行までの期間も短縮した。夕神の死刑が執行されていないということ自体がそもそも特例で、本来ならば彼はとっくに死んでいるはずなのだ。そして、ずるずると引き伸ばされている死刑執行の命令は、明日にだって下される可能性がある。
 タイムリミットは背後でケタケタと笑っているのに、七年もの時間をかけても、御剣は夕神の口を割るためのピースは揃えられず、夕神が知る真実は未だに引きずり出されない。
「お前がこのまま逃げられると思っているならば、大間違いだ。私が、――そしてあの娘が、お前をみすみす逃がすものか」
「ヘッ。随分あのじょうちゃんを買ってるようじゃねェか」
「モチロンだ」
 希月心音弁護士。若干十八で弁護士資格をとった彼女は、御剣の友人が見込んだ弁護士であり、そしておそらくは、目の前のこの男がすべてを投げ捨てても守りたいと思った女性なのだ。
「私は彼女のことをほとんど知らないが、――私が信頼に足ると確信している男が、彼女を信頼しているのだ。さぞかし可能性に満ち溢れた女性だろう」
 まるで御剣の言葉に耐え切れなくなったとでもいうように、夕神が視線を逸らす。何かを考えこんでいるのか、それとも思い出しているのか、彼は瞳を閉じていた。やがて、ぽつり、と小さく呟く。
「……あんな小娘じょうちゃんを信頼するなんて、馬鹿なヤツもいるもんだな」



無力な愚か者

(2013.09.24.)