このひとと生きたいと思える誰かに出会えた

 これから彼の身に待ち受ける運命は、きっと柊がこの世に生を受ける前から決まっていたことなのだろう。そしてその未来からは決して逃れることができない。それを理解していなかった代償に柊は右目を失った。
 守りたかったモノを目の前で失ったことも代償の1つだったのかもしれない。守れないことは既に決まっていたのに抗うなんて真似をしてしまったあの時の自分を愚かだと嗤いこそすれ後悔したことなど1度もないしこれからも後悔だけはしないつもりではあるが、もう柊は運命の流れに抗うことはないだろうと思う。何をしても結果が変わらず、自分の無力さを嘆くよりは、何もせずにただ傍観役に徹しているほうが苦しまないで済むと悟ったのだ。
 あのとき柊の身体は右目だけでなく、熱意とか希望とかそういったモノも失ったのかもしれない。そして残ったのは冷たい色をした左目だけだったが、物事をただ傍観するのであれば全ては事足りた。流れてくる表情や声や感情に触れずにただ自分を通り過ぎるのを見ているだけの日々に埋もれていくごとに、身体の中の、温度を感じ取る部分が鈍っていくのがわかった。段々と、自分という存在の輪郭がにじんで、羅列された文字に構成された“自分”に近づいていく。それを苦しいと感じるには最早自分の感情はガラクタ同然だった。その穏やかな滅びはいっそ柊にとって生きる意味と同化していく。こうやって、風に吹きさらされたままひっそりと終末を迎えるのだろう、と思っていた。
 それなのに、自分の滅びを捧げる人は、左目だけでとらえるにはあまりにも、眩しすぎた。
(もっと私を幻滅させてくれればよかったのに) 
「………柊?」
 ずっと前を歩いていたはずの千尋は、ふと気がつけば柊の隣で柊のことを見つめていた。咄嗟に柊が浮かべたのは、受け入れているようで踏み込ませず、かといって拒絶をするでもない、あの微笑み。
「何ですか我が君」
「なんでもないなら、いいの」
 千尋は安心したとでもいうような吐息をもらして、それから微笑んだ。冬の寒さから必死で耐えて自らを守っていた草木を緩ませる春の日差しのような彼女の微笑みは、数秒の間、柊の言葉を奪った。
「………姫は、存外に意地が悪くていらっしゃるようだ」
 きっとこんな言葉にしてはいけないことだろうから、 風が前髪をくすぐるような小さな声で柊が呟く。千尋の耳にはぼそぼそと柊が何かを呟いているのは届いたが何を言っているのかはわからなかったようで、何か言った?と聞き返してきた。
「お仕えする姫があなたのような人である私は果報者だとそう言ったのですよ」
「………絶対、違うこと言ってたと思うんだけど」
「いいえ」
 そう、言葉にするならこうやって彼女を照れさせるようなものでなければ。どちらにせよ意味は同じなのだから。


(あなたがもっと優しくない人であれば、運命に甘んじることになんの不満もなかったのに)
(どうしてあなたの隣りで生きたいと思ってしまうんだろう)
(なんて無駄な、)






(2008/06/29)
(title by Bambina)