夕日が落ちようとする直前、その夕日の落ちる場所に向かって歩いているような、自分よりも数歩前にある背中を眺めていたら、なんだか無性にキスがしたくなったので、今の気持ちを簡潔に表現してみた。
「承太郎、ちょっとしゃがんでくれないか。キスが出来ない」
 花京院が唐突にそういう甘ったれたことを口にするのに最早慣れていた承太郎は、さほど驚きもせずに言葉を返した。そうして花京院が何かをねだるのはいつものことだった。
「家に着くまで我慢しろ」
「我慢出来るくらいなら最初から言わないに決まってるだろう?」
 早足になって承太郎に追い付いて、横に並ぶ。自分よりも少し高い位置にある承太郎の顔をちらちらと見ながら、わざとふてくされているように聞こえるように文句をつける。
「だいたい君がそんなキスしてほしそうにしてるからいけないんだよ」言いがかりに聞こえるかもしれないが、花京院にとってはいたって真実だった。
 承太郎は花京院を一瞥して、深いため息をついた。
「……俺の何処をどう見たらそう見えるんだ」
「背中?」
「尋ねるな」
「じゃあ全部」
 含むように、そして勝ち誇るように自信たっぷりに、花京院は微笑んでみせた。それは単なる顔面の筋肉の運動の結果であるはずなのに、承太郎に言いかけた言葉を飲み込ませるだけの力があったせいで、その刹那、承太郎は次に口に出せばいい言葉を見失ってしまった。不自然に立ち止まり、やっとのことで言葉を紡ぎだす。
「――さっさと帰るか」
 そうして早足になる承太郎は背伸びしても届かないくらいに大きい人だと云うのに、その背中はやっぱりキスをしたいと思わせるくらいに可愛くて愛しくてしょうがなくて、花京院はくすりと笑った。
「じゃあ僕は少し我慢を強いられるわけだ」
「――安心しろ、お前だけじゃない」
「………え、」
承太郎がまるで今が睦言に似合いの真夜中であるようにそんな台詞を吐いたせいで、花京院は自分と彼との身長差を最高に悔やむことになった。





キスがしたい



(2008/01/19)
(2008/01/17:書き直し)