シリウスには到底理解できないことがある。どう努力してもわからないこと。シリウスはリーマスではないから、わからないのだ。
外では煌々と完全に満ちた月が輝いていて、あたりは暗く静まりかえっている。 目の前に居るのは、愛しい人。姿はかわっても、愛しいことにかわりはない。

「……リーマス」

シリウスの正面で丸まっている狼――リーマス・ルーピンは微かにこちらを見た。セブルスあたりが調合した薬のおかげで、狼の姿になった今でもリーマスは自我を保つことができている。あの憎しみの対象にしか成り得なかった満月の下でも。
どんな、気分なのだろう。自分が人でなくなるというその感覚は。脱狼薬が出来るまでは、狼になってしまえばもう人間の『リーマス』は何処かに消えてしまっていた。それは、悪いことではなかったのかもしれない。異形のモノに、忌み嫌われるモノに成り下がって、何をすることも叶わずに、震えて縮こまっているということをしなくて済むのだから。
リーマスは、シリウスを見て、そして悲しげに首を降った。――今のわたしに近づかないほうがいい。 自我を保ってはいるものの、『食料』が近づいてきたらどうなるかわからない、と。
シリウスは哀しげに苦笑して、そしてその姿をかえる。黒い、大きな犬に。それは学生時代に、いうなればリーマスのために修得した術。自分の身体を動物に――シリウスの場合は犬に、変化させる。この術を修得しているおかげで色々なことが出来た。アズカバンを脱獄出来たのもこれのおかげだった。未だポッター夫妻殺害犯及び脱獄犯という汚名を被ったままのシリウスが、愛しい名付け子であり親友がその命をかけて守った奇跡の子――ハリーに会いにホグズミートに行くことも出来た。そもそも、ハリーに『真実』を伝えることが出来たのも犬になることが出来たからだ。考えてみればこの術を覚えていて――『動物もどき』で居て、随分のことを手にいれたのだ。しかし、動物もどきになったことがもたらしたことのなかで一番のことは――、

シリウスはリーマスの隣に寄り添う。

そう、――犬であれば、満月でも、彼の傍に居ることが出来るのだ。これ以上のことが、あぁ、あるだろうか。 シリウスはぴったりとリーマスの身体に自分の身を、闇のように黒いその身体をくっつけた。温もり、愛しさ、鼓動、そして、哀しみさえも共有するために。リーマスは、その獣の指先で、同じく獣の身をしたシリウスの身体を撫でて、そして微笑んだ――少なくとも、シリウスにはそう見えた。












  満  ち  た  月  を  覆  い  隠  す  黒  い  身  体
         (「わからない、でも、だからわたしは君の傍に居続けるよ」)
























(短い。 2006/06/22)