幸せすぎてどうにかなってしまいそうなくらいに好きで好きで仕方がないんだ、と狛枝は笑った。
「だからどうかボクを出来る限り憎んで、嫌ってくれないかな。それがダメならどうか痛めつけて。手加減なんてしないで、ああなんてみずぼらしいんだろうって独りで思い返して哀しくなるような傷だらけにして欲しいんだ」
 キスの合間を縫って睦言のような吐息と共に吐き出された彼の祈りのような願いを、薄気味悪いと嘲ることも馬鹿馬鹿しいと笑いとばすことも、聞こえなかったふりをすることすらも、日向には出来なかった。
 いとおしいひと。狛枝の右の目蓋を日向は舌でざらりと撫であげる。この薄い皮膚の下に隠れている透明な緑色の瞳が見てきた風景を日向は知らない。どれほどの涙を流したことだろう、と一度だけ考えたことがある。超高校級の幸運という呼称を宛がわれた彼は、自身を幸運だと言う。それを憐れむことはむしろ侮辱に当たるのかもしれない。しかし、この、瞳。まるで泣きつくして涙を枯らしてしまったかのように、狛枝の瞳は色褪せた海の色をしている。
「そうすればお前は幸せなのか」
と、日向が問う。すると狛枝は安堵の息を吐くように唇をほころばせた。
「ボクの幸運は、きっと、もうね、日向クン、キミだけだから。だからきっとボクたちは幸せになれるよ」
 果たしてそんな彼を突き放すことが愛なのだろうか。こんな、泣き疲れて、それでもようやく母親を見つけた子供のように、これでずっと絶対的な温もりの庇護のもとでいられると信じ切っているこの瞳を?
 日向は最後に優しいキスを狛枝の唇に落とし、彼の肩をそっと押し返して、仰向けの形で床に寝転がせた。満ち足りた穏やかな光に満ち溢れた瞳をまっすぐに日向に注ぐ狛枝を見下ろし、日向は力任せに狛枝の柔らかな腹部を踏みつけた。


殉教者のまなざし
(13.03.26.)