not you, but your happiness

2013/06/02

なにもかもお揃いがよかった


 あまりにも彼女が腹痛に顔を歪ませているものだから、僕はとても心配になってしまって、罪木さんを呼んでこようか、と彼女に尋ねた。いくら彼女の肉体が単なるアバターであるとはいえ、彼女という意識が痛みを感じているのならば、彼女にとってその痛みは本物である。逆に言えば、その痛みは治療されたのだ、と彼女の意識が納得すれば、その痛みは綺麗サッパリ消えてしまうということであり、プログラムが生じさせている仮初の肉体への手当ては形式だけのおままごとではなく、確かな治療だ。
 けれども、僕の提案に、彼女は堪えるようにしかめていた顔に、あっ、と焦りを隠した苦笑を浮かべた。
「あー……、」と、彼女は言葉を探しながら目を伏せる。「えっと、……薬はもう飲んだんだ。だから、その、罪木に診てもらうほどのことじゃないっていうか……」
「でも、日向さん、すっごく苦しそうだし……。何か変な病気じゃないか、診てもらった方がよくないかな」
「あー、いや、病気じゃないのはハッキリしてるんだ………」
 ハッキリしているという割に、彼女の返事ははっきりとした明言をわざと避けているように曖昧で、歯切れが悪かった。
 ソファに横になりタオルケットをかけ、腹部を抱えるように添えた手でゆっくりと自分の身体をさすりながら、ちらり、と彼女は視線だけを動かして、僕を見た。見つめ合う彼女の瞳は明らかに困窮していた。何をそんなに困り果てることがあるのだろうか。僕にはよくわからない。そこまで困ってしまうくらい辛いならば、罪木さんに甘えてしまうべきなのではないだろうか。
「今更、遠慮することなんてないと思うよ?」
「遠慮とかじゃないんだよ……ああ、もう、なんて言えばいいんだ………」
「日向さん、なんだか少し顔が赤いんだけど、熱が出てきたんじゃない? やっぱり罪木さんに、」
「あーーーーちがう、ちがうんだって!」
 叫ぶような否定、そして、ため息。それから意を決したように彼女は僕をキッとまっすぐ見つめて、
「………、」けれどやっぱり何か言いづらいらしく、ようやく数秒の後出てきたのは、キッパリとした病名ずばりではなく、遠回しなヒントだった。「……その、あれだ。女だから、仕方ないんだ、これ。でも、明日には痛くなくなるから、その………」
 彼女はそこで言葉につまったが、しかし流石にそれだけで充分だった。
「あー、そっか………」
 なるほど、それは確かに原因がはっきりしていて罪木さんに診てもらう必要はなく、なおかつ僕に病名を言うのは躊躇われるだろう。なにしろ僕は男として作られているので。追及する僕はさぞかし鈍感で、デリカシーに欠けていただろう。
「ごめん、日向さん」
「謝らないでくれよ、七海。心配してくれて、ありがとな」
と、彼女はうっすら微笑んだ。おそらくそれは僕のための微笑みで、僕はたまらなく申し訳なくなる。
 彼女の痛みが僕にはわからない。彼女たちとは違って単なるプログラムである僕にはいわゆる風邪だとか怪我だとかが介入する余地がないけれど、病気の苦しみや痛みは知識としてひと通り知っていた。でも、彼女を今苦しめている痛みは、僕にはわからない。そういう機能が女性に備わっているということだけは、僕を作った父に教えてもらったけれど、父も自分の身体には起こらない現象としてしか知らないので、女の子は大変そうにしてるんだけど僕にはこれ以上教えられないんだぁ……、と困ったように父も頬をかいていた。あのときはそんなものなのかと大した感慨もなかったが、今は、わからない自分がもどかしい。痛みを治す術がないなら、せめてわかってあげたいのに。
「……僕も女の子だったらよかった」