近頃、よく見る夢がある。
 見渡す限り何処までも赤色の檻に閉じ込められて、大声で助けを叫ぶのだけれど、誰にも気付かれず、やがてその檻の中で自分も溶けて赤色の一部になってしまいそうになる。呼吸が出来なくて、苦しくて、もう声をあげることもかなわなくなったその時、唐突に彼の身体をつめたい真っ白の光が包む。だいじょうぶ、とその光が微笑むと、そこで叶はいつも目を覚ます。
 花にその夢の話をしたら、まるでその夢が永劫続く苦しみの連鎖の一番最初の記憶であるかのように、花は涙を流して、細い腕の何処にそんな力があるのだろうというくらいに強く叶を抱きしめた。
 花が泣いているのを見たのは初めてだったので叶はびっくりして何も言えず、ただ、花の背中に手を回して、彼女の身体をよしよしとさすってやるった。
 けれど、静かに泣きながら叶を抱きしめる花の腕のなかで、叶は、なんとなく、納得していた。
 赤い檻のなかで感じる苦しみは絶望のように真っ暗なのに、その、ほんの一瞬の光の温度が、匂いが、微笑みが、全てをかき消す。その圧倒的な力が掬いあげてくれたのだからもう何も心配することなんてないんだと泣きたいくらいの安心を覚えるから、叶はその夢を悪夢だとは到底思えなかったのだが、その安心は、そうだ、確かに、花の腕のなかにいる時のそれと同じものなのだ。
「………泣くなよ」
 ありったけの力をこめて花の身体を抱きしめ返し、静かに、そう呟いた。
「……っ、」耳元で花が息を呑んだ音が聞こえた。
「ご、めん……」
どうして花が謝るのか、叶には意味がわからなかった。
「ごめんね………」
 震える声で花は再び謝罪の言葉をこぼしたが、決して叶を抱きしめた腕をゆるめようとはしなかった。まるで何か強大なものから叶の小さな身体を守るかのように。
 叶は謝ってなんて欲しくなかったし、謝らせたくもなかった。ただ、自分のせいで彼女が泣いているのなら、その涙をとめてやりたかっただけだったのに、 結局いつだって叶の方が花に守られている。
 物心ついたときには既に玄徳と花は叶の傍にいた。玄徳は叶の父親ではないし、花は叶の母親ではないけれど、三人でいることは当たり前だった。血がつながっている両親についてはほとんど知らない。そんなものは割とどうでもよかったので、深く訊ねることはしなかったし、二人もあえて語ろうとはしなかった。叶にとっての家族は玄徳と花で、叶は本当に、心の底から、それで充分すぎるほど充分だった。
 しかし、予感がするのだ。たぶん叶たちはこのままでは居られない。例えば、同じ名を名乗る青年の活躍を耳にするたびに玄徳が浮かべる曖昧な哀しみや、今この瞬間に叶の肩にぽたぽたと雨のように落ちる花のあたたかな涙が、叶の何かを呼び覚まそうとしている。あの赤い業火の檻のなかで苦しんでいなければいけないのだと叶のなかの何かが告げている。
 このまま生きていければいいのにと思う。三人きりで、永遠に叶は二人の子供でいられれば、と。けれどそのせいで花や玄徳にばかり苦しみを背負わせているのならば、叶は目覚めなければいけない。この優しい腕のなかで見る、穏やかで満ち足りた夢から。

(呪われるのは俺だけでいい)
「花、俺は、誰なの」






その手で世界を終わらせて

(title by SADISTIC APPLE)
(30.05.10.)