まるで歴史が再現されているかのように時が流れていくなか、日々がビデオテープが擦り切れていくように色褪せていくのにつれ、雲長自身の輪郭も曖昧になっていく。光の届かない暗闇の記憶も、涙を枯らした思い出も、血を吐くような過去も、それが本当に彼のものだったのかどうかわからなくなる。今の彼はもう、あんなふうに喜んだり哀しんだりできない。何をしても全てが遠くて、心は空っぽのまま、隙間風が吹くかすかな音ばかりが響いている。
 雲長はそれでいいと思っていたし、むしろそう居続けられればいいとすら願っていた。何かで心が満たされたその一瞬が幸福であればあるほど、雲長は永久に続く日常で、より強い絶望に打ちひしがれなければいけなくなる。
 しかし、この永遠が雲長にとっての罰であるのならば、永劫のなかで彼は苦しみ続けなければいけない。だからこそ、何度だって芙蓉は雲長にとっての救いであり続けるのだろう。

(ああ、そのなんと残酷なことか)

「………何か用があるならさっさと言って。そんなにじろじろ見ないでくださる?」

 いつか、雲長を好きだと笑ったその唇が、不機嫌そうにため息をこぼした。じろりと睨むように雲長に向けられている芙蓉の眼差しを、その奥の透明な光を、雲長は知っていた。
 本当は彼女の全てを知っていた。おおよそ芙蓉の身体で雲長が触れていない部分なんてないくらいに。
 温度も痛みも分け合った過去はいつまでも甘く、それゆえに、癒えない傷となり果て、今も胸の底で血を流し続けている。

「………特に見てなどいない。出陣前で気が高ぶっておられるのはわかるが、もう少し落ち着くことを勧める」
「ご丁寧にどうも有難う。けれど私から言わせていただけるのなら、貴方はもう少し緊張感を持たれたほうがいいと思いますわ、雲長殿」
「ご心配いただかなくとも大丈夫だと思うが、とりあえず、有難う」
「どういたしまして。明日の貴方の活躍が楽しみだわ」

 ふん、と鼻を鳴らした芙蓉は、一礼して部屋を出ていった。
 髪を揺らして遠ざかっていく彼女の後姿をじっと見つめながら、雲長は祈った。どうぞ、明日のその次も彼女の日々が続いていきますようにと。雲長の知っているとおりになれば、彼女は此度の戦では大きな怪我をすることもなく、玄徳軍の勝利で終わる。それでも祈らずにはいられなかった。
 こうやって祈るたびに膿んだ傷口から流れる血が、身を切られるような苦痛が、同時に喜びであり続ける限り、きっと彼の罪は永遠に許されることはないのだ。

(だったら、俺はもう、このままで構わない)


僕が見た世界のはじっこ

(How sweet the world we live in is!)
(title by 1204)
(19.06.10.)