芙蓉の涙はゆるやかなカーブを描いて彼女の頬を滑り、雲長の身体へと降り注ぐように落ちてきて、触れた瞬間に霧散する。それはあたかも流れ星に見えたので、つらくかなしい死と言う名のめまいの渦にとけていく意識の端で、雲長は耐えがたい幸福を覚えた。
 並んで夜空を見上げて約束とキスを交わしたことを彼女は知らない。雲長にばかり微笑みかけて、手をつなぎたがって仕方なかったあの我儘な少女は彼女であって彼女ではない。それなのにあの日々を共に過ごした芙蓉がこぼした涙にも雲長はあたたかい光の雨のような流星を見た。
 決してそんな風に芙蓉を泣かせたくなどなかったが、視界もうめき声も、冷たくなってゆく身体や鈍く響くような痛みですらなにもかもが遠くへといってしまうなか、あの夜と同じように煌めいている彼女の涙がおおよそ自分のためにこぼされているのだということが、こんなにも嬉しい。
 いつまでも雲長は恋をし続けるのだろう。もう二度と彼女の唇が雲長の愛を囁くことがなくとも、その唇が形作る笑顔が雲長にとって永遠に至上の命題であり続ける。
 だから、今度はどうか、涙ではなく微笑みをあげられればいい。それは祈りではなく、もっと確かな誓いのようなものだったので、彼女の涙に願いをかける必要はなかった。
 やがて、指の先から白になってゆく、懐かしい感覚にずぶずぶと呑み込まれ始める。芙蓉の顔をしっかりと焼きつけてから、白に促されるがまま、ゆっくりと雲長は目を閉じた。


癒えない別れをまた

(そしていつかまた会いましょう。何度だって僕らは繰り返す)
(title by Nicolo)
(30.06.10.)