アリスの背中はいつだって大きく見えていた。
 最初はずっと遠くにあって、次第に傍で見下ろすようになって。それでもその、大きい、という印象に何ら変わりはなかった。短く切りそろえられた髪の向こうに見え隠れする首筋の細さに比べて、それはあまりにも屈強で、まるで自分の全てをあまりにも簡単に受け止めてくれそうで、何度も何もかも捨てて全部投げ出してこの身を預けてしまいたくなることがあった。
 あまりにも強いひと。そして、あまりにも弱く醜い、自分自身。それを自覚してはいたつもりだったが、改めて彼女のようなひとを目の前にするとそれをひしひしと痛感した。何も変えられず、何も出来ない、木偶の坊。何もなしえない空虚な身体が惨めでもあった。
 こんな自分が一体どうして、彼女に触れることを、許されるというのだろう。


「………伍長、……どうした、何故、…………何故、そんな顔をするのだ」
「お、れ……俺は、………あなたに触れていて、いいんでしょうか」
「何だそれは……意味が、わからん……」
 仕様のないやつだな、と呆れるようにため息をついたアリスが、アリスの左頬を包んでいるランデルの手の甲の上にそっと自分の左手を添えた。手袋越しに感じる温もり。そうして重ねられると、大きさの違いは如実だった。男女の差、なんて簡単には片付けられないその違い。柔らかな頬。迷いなく向けられる眼差し。その目に、俺はどう映っているのですか。訊いてみたくもあって、でもそれ以上に訊くのが怖かった。アリスはこの身の罪深き空虚を知らないから、こんな風に触れることを許すのだ。この虚ろな空洞を、アリスならば恐れず抱きしめて、温かく満たしてくれるかもしれない、なんてそんなことを愚かにも願ってしまう自分にどうか気づいて欲しくなくて、けれど、けれども、
「私は、お前のことが、好きだぞ」
 そんな風に甘く微笑まれると、もう、どうしていいかわからなくなる。急に彼女の身体の細さを痛感させられる、魔法にでもかけられたかのような刹那。
 砂糖菓子みたいな微笑みを浮かべることのできるひとだなんて、知りたくなどなかった。いつも遠くにあって絶対に揺らがない大きな彼女しか知らなければ、この腕にその身体が収まるなんてことを知らなければ、この手で触れたいなどとそんな欲情を抱かずにいられたかもしれないのに。

砂糖菓子について
(2011.10.12)
(「惹かれる」10題/約30の嘘より)