全寮制の星月学園でたった一人の女子である月子の部屋は職員寮にある。
 生徒寮は何処も男子ばかりなのだから当然のことだ。それに先生がすぐ傍にいる環境であれば、何か相談ごとや悩みごとを打ちあけやすいだろうし、安心だと陽日は思っていた。
 自分が受け持つ星座科二年クラスの一員である月子を、入学当初から陽日は何かと気をかけていた。一緒に入学した幼馴染が二人いるとは言っても、やはり学園でたった一人の女の子であるという状況が大変でないわけがない。担任としてしっかりサポートしてやらなければと意気込んでいた。
 入学直後にあの不知火にいきなり生徒会に入らされ、それでも弓道部に入って、さらに係の仕事として保健医の星月の世話をしたり。とにかくたくさんに一生懸命取り組む彼女は、しかし笑顔で毎日を過ごしている。だから陽日は、校内で、校庭で、寮の廊下で、月子を見かけるたびについつい声をかけていた。
 けれどもそれも全て過去のことになり、ふと酒でも買いに行こうかと部屋を出て、自動販売機コーナーへ行く途中、彼女を見かけた陽日の足は、前へ進むことをやめてしまった。
 長く伸ばした髪を揺らして歩く、背中。細い肩。とっさに陽日は目を背ける。これ以上は見ていられない。触れてしまいたくなる。抱きしめてしまいたくなる。
 どうか彼女がこちらを向きませんようにと心の中で祈りながら、陽日は踵を返した。酒を買いに行くのは諦めて、自分の部屋に戻ることにする。
 一時期、あんなにも嫌だと思っていた彼女の卒業が、今は唯一の救いだった。夜眠るとき、同じ屋根の下に彼女が居て、同じ夜を過ごしているのだと思うといてもたってもいられなくなる。今日という日は彼女にとって幸せな一日だっただろうか。どんな夢を見ているのだろうか。泣いては、いないだろうか。そんなことばかり頭をめぐり、眠れなくなる。しょうがないからアルコールを睡眠導入剤として使いはじめ、酒の量も増えた。依存症になるぞと星月に散々怒られているのだが、もうこればかりはしばらくはやめられないだろう。彼女が卒業するまでは。
 そういえばもしかしたら星月の部屋に置き忘れた酒があるかもしれない。星月は自分から酒を飲むことはないから、残っているだろう。そう思いこむことにして、陽日は星月の部屋へと歩き出す。
 もしも酒がなくても、それはそれでいい。目蓋の裏に彼女の背中が焼きついたまま、自室に戻りたくはなかった。
 足元を吹く風が寒くて、陽日は足を速めた。春はまだ遠くて、凍えてしまいそうだと思った。




(in Autumn,2009)