「なあなあ、これ、どうだ?」
 ニヤニヤと笑う犬飼君が私に、ドラマで警察官が警察手帳を見せるときみたいな仕草で、銀色の携帯電話をぬっと差し出した。
「どうかしたの? それ、犬飼君のだよね」きょとん、と私が訊き返すと、ちげえよ、と犬飼君が笑った。
「ほら、」ケータイの一部分を指さして、言う。「これだって、こ、れ」
 犬飼君の指先の示す部分にはシールが貼ってあった。何のシールだろう、と少し顔を近づけてみる――と、
「あ! え、これ、プリクラ!?」
私がびっくりして大きな声をあげると、犬飼君は得意そうにフフンと鼻を鳴らした。
「当たり〜。 この前の日曜にさ、三人で遊びに行ったんだけどさ、ついでに撮ってみた」
「えっ、……最近さ、プリクラコーナーって、男の子だけで入れないようになってたりするよ、ね?」
「なってたな。行くまで知らなくてさー、男性のみのご利用はできません!って書いてあって、びびった。あれ、差別だよな〜。男だってプリクラ撮りたいときがあるのにな〜。 と、いうことで、まあ、こっそりやってみました、というとこだな」
 ほらよ、と犬飼君が私の手に携帯電話を握らせる。ありがとう、と言って受け取り、改めてまじまじとプリクラを見た。ピンクと白の市松模様を背景に、小熊君が犬飼君と白鳥君にそれぞれ両脇からじゃれつかれている。三人とも、見ているこちらが思わず微笑んでしまうくらい楽しそうに笑っている。
「ふふ、落書きもちゃんとしてある」
「落書きはほとんど白鳥が1人でやった」
そう言われてみると確かにプリクラに書かれている文字は白鳥君のクセが表れている。"我"とか"お"とか、"む"の右上の点の書き方が、白鳥君のそれだ。犬飼君の書く字はもっと鋭くて全体的にとがっていて、小熊君の字は大人しいというか、教科書に載っている字みたいに整っている。
「でもアイツ、星がヘタクソでな〜。 ほら、こっちの、」犬飼君は私の手元を覗き込むように腰をかがめて、プリクラの左側に書かれている二つの星をとんと指で指した。「ひっでェだろ! もう俺と小熊は大爆笑! したら白鳥が、『じゃあお前らは上手く描けんのかよ!』って拗ねるからさ、描いてやった。それが右の二つな。右側の星は、白鳥じゃなくて俺が描いた」
犬飼君の言葉に誘導されるように、目線を左から右へ移動させる。確かに右側の星は可愛い形をしていて、そのせいで左側の星の不格好さが余計際立ってしまっているようにも思えた。
「ふふっ……」
「ま、でも俺が綺麗に星を描いてやったら、アイツますます拗ねたんだけどな。『綺麗に星が描けなくても、星を結んで綺麗に星座が描けるからいいんだ!』って、よくわかんないこと喚きはじめて、それがもう可笑しくてなあ……」
目を細め唇をほころばせて、犬飼君が私の手元のプリクラを見つめている。
「……本当に仲がいいよね、犬飼君たち」
「ん?」ふ、っと犬飼君が顔をあげたので、眼が合った。
「いっつも楽しそうだし、なんか、昔からの幼馴染みたい」
 すると、犬飼君は口元に微笑みをやどしたまま、困ったように眉を下げた。
 いつも犬飼君は笑っているけれど、こんな風な笑い方は本当に滅多にしない。幸せすぎて仕方がなくてどうしようもない、というような微笑みを浮かべた彼はひどく大人びて見えた。
 私は犬飼君の過去、今までしてきたことを、知らない。同じ弓道部の部員として仲良くしているとは思うし、毎日のように顔を合わすけれど、昔の話はよく知らない。犬飼君はそういう話をあまりしたがらないからだ。
「……そうだなあ」ぽつりと漏らした呟きは、流れ星のように儚くて、瞬きをしたら聞き逃してしまいそうだった。「楽しすぎて、時々怖くなる」
 そう言って伏せられた彼の瞳は、水面のように揺らいでいた。
「……犬飼君、」どうしたの――と訊こうとしたそのとき、
「犬飼!」「犬飼先輩!」私の背後で大きな声が、二つ。
 振り返った私が見たのは、プリクラに写っているのと同じ笑顔を浮かべている白鳥君と小熊君がこちらへ走ってくるところだった。
「白鳥! 小熊!」
 途端、大きな声を出して二人を呼んで、犬飼君が大きく手を振った。ちらっと盗み見るように彼を見てみれば、それこそまるで夜が明けてすぐの太陽みたいに笑っていた。
 本当に三人は仲がいいなあ、と思った。ついついこうしてつられて微笑んでしまうくらい、三人は三人でいるといつだって楽しそうに笑うのだ。あたかも世界のすべてが幸福であるかのように。
世界のすべてに、そして3人に幸福を。
(2010/05/10:GMCハニー無料頒布)
(元ネタ→勇仁ちゃんの描いた3馬鹿プリクラ絵)