「夜久、自分で火をつけるつもりか?」
ひっそりと他の部員たちから離れたところへ移動していた月子に背後から声をかけた。
「うん」月子は微笑んで頷き、腕で抱えていた置き花火を地面に置いた。「置き花火って何だか珍しくて。楽しそうでしょ?」
 言い終わる前に月子は置き花火の前にしゃがみこんで火をつけようとライターを手にする。
「危ないから俺がやってやる」
貸してみろ、と月子の隣で腰をかがめた宮地は月子の手のひらからライターを拾い上げるように受けとって月子と同じようにかがみこんだ。ありがとう、とすぐそばにいる宮地に月子が言うと、宮地は月子から顔をふいとそむけて、いいから離れてろ、と呟いた。その呟きはどこか突き放すような冷たさを含んでいるようにも聞こえたのだが、彼の横顔が、暗がりでもわかるくらいに赤く染まっていたので、月子はむしろはにかんだ。そして、彼の言葉に従って、少し離れた位置へと移動する。
 宮地は月子が十分に離れたのを確認した後、ライターで花火に点火。すぐさま立ち上がって、足元を気をつけながら月子のほうへ走って来る。宮地の後ろで、置く花火がぱちぱちと音をたてている。月子は胸の前で手を組んで、大きな花があがるのを今か今かと待っている。
 宮地が月子の隣に立ったそのとき、唐突に背後から声がした。
「おいおい、お前達〜」
からかうようなその口調に月子と宮地が振り向く。
「ずいぶん仲良さそうじゃん?」
「副部長ー! 抜けがけはズルイぞ!」
  先ほど宮地を喜々として追いかけていた犬飼と白鳥が両手にたくさんの手持ち花火を持って、二人をニヤニヤと見ていた。
「すいません、二人でお楽しみのところにお邪魔しちゃって」彼らの後ろで小熊が頭を下げている。
「む。お前ら」
不服そうに声をあげた宮地にはお構いなしで、犬飼と白鳥はわざと月子と宮地の間に割って入る。すいません、と謝る小熊もちゃっかりと白鳥に続き、月子と宮地の距離は余計にひらく。
 人数が増えたのが単純に嬉しい月子はにこにこと笑う。
「みんな、ずいぶん盛り上がってるみたいだね」
 彼女と対照的に眉間のしわを深くした宮地が口を開きかけたそのとき、宮地が火をつけた置き花火が大きな音をたてて、そして深い闇色をした夜空に閃光の花が咲く。わあ、と五人分の歓声があがる。
「置き花火やってんのか!」と、犬飼。「俺も混ぜろよ!」
「うん! みんなでやろう!」
笑顔でうなずく月子は、宮地がとても渋い顔をしていることに気づかず、犬飼と並んで置き花火を物色し始める。
「どうせなら、もっと大きいのをやりましょうよ!」と小熊もそこに加わった。
「賛成!」
白鳥もひときわ大きな声をあげて置き花火を見始める。宮地だけが、四人がきゃっきゃと楽しそうにあれでもないこれでもないと選んでいるのを少し遠くから眺めている。本人としてははしゃぐ四人を保護者の気分で呆れつつ見守っているつもりで、視界の中心におおよそ月子ばかりをとらえている自覚がない。
 どれがいいですかねえ……と一つ一つをじっくり吟味している小熊をよそに白鳥が花火をいくつか持って、それらを等間隔で順番に並べ出した。
 犬飼は月子と一緒になって(しかも随分と近づいて)このほうが派手そうだこっちのほうが大きいとあれこれやっていた。その犬飼の楽しそうな横顔が何故かやけに宮地の胸を掻き乱す。今すぐに犬飼と月子の間に割り込みたいという強い思いが胸の奥から暴力的な速度で湧き出てくる。その理由不明の衝動を必死でこらえ、けれど如何にも冷静でいると見えるようによそおって髪をかきあげた。
 すると突然、犬飼が思い出したかのように顔をあげ、きょろきょろ辺りを見渡しだした。何をやってるんだ、と眉をひそめた宮地と犬飼の目が合う。先ほどまで渦巻いていた苛立ちがあからさまに顔に出てしまいそうで、宮地はすぐに視線をそらそうとしたが、視線がぶつかったと感じた途端に犬飼が八重歯を見せて意味ありげに笑ったので、宮地は犬飼を見たままさらに眉間のしわを深くした。さっぱり犬飼の意図がわからない。それとも何か、宮地に対する当てつけか何かなのか。
 宮地に背を向けた犬飼は月子に何か言っている。唇が動いているのが微妙に見えるのだが、もちろん何を言っているのかはさっぱりわからない。何かまた馬鹿馬鹿しいことを彼女にふきこんでいるのではないかと宮地がとうとう耐え切れなくなり犬飼と月子の方へ足を踏み出そうとしたその時、こくりと頷いた月子がおもむろに立ち上がった。そのまま、犬飼に何か言って、宮地の方へと歩いて来る月子。犬飼は振り向いて月子が宮地の方へ行くのを確認し、そのまま動けずにいる宮地に向かってにやりと笑った。
「犬飼君が、危ないから少し離れてろ、って」
 宮地の傍にやってきた月子は少し苦笑しながらそう言った。
「……そうか」
とだけ短く宮地が返した。それが今の彼の精一杯だった。
「私ってそんなに危なっかしいかな」
 危なっかしいというか、そそっかしい。大人っぽい顔立ちをしているから余計にその不器用さが強調される。それなのに本人は大真面目で一生懸命だから、ついつい手を貸したくなるし、守ってあげたくなる。
 なんて、そんなことがもしも言えたのならば、あんな苛立ちを感じることもなくなるのだろうか。ずっと彼女の傍にいることが出来るのだろうか。
 宮地はぎゅっと固く拳を握った。一度深呼吸、そして意を決して口を開く。
「俺は、」
しかし、瞬間、彼の言葉をかき消すように、大きな音が連続して響いた。反射的に言葉を切って、音のしたほうを見やる。
 空に、花が咲き乱れていた。色も大きさも様々な花たちが次々と夜空に輝いては散っていく。わっ、と歓声をあげた月子をこっそりと見た。
「すっごくキレイ!」
 夜空を見上げる月子の瞳は次々と花火の光に彩られる。まるで彼女の瞳のなかの夜空に花火があがっているように見えた。
「……そうだな」
ぽつりとつぶやく宮地は月子の方ばかり見つめていた。

「俺達って、本当に良い仕事するよな〜」
 宮地と月子を振りかえった犬飼が、満足げに笑う。


(in Autumn,2009)