星を見に行こうと言い出したのは月子だった。
 この季節、昼間は温かくなってきたとはいえ、夜は冷え込む。ちゃんと温かい格好をしてこいよと錫也に念を押されたので、一枚余計に着こんできた月子だったが、それでも屋上に続くドアをくぐってしまえば、時折吹く風は冷たくて、まだ冬の名残を感じる。

「寒くないか?」

ドアが閉まるよりもはやく、錫也が月子に問いかけた。もう既に半分以上コートを脱ぎかけている彼に、すぐさま月子が返事をする。

「ううん、大丈夫!」
「本当か? 寒かったら、俺の上着貸すからな」
「大丈夫だって。それに、錫也だって、それ脱いだら寒いでしょ」
「俺は、自分が寒い思いをするよりも、月子に寒い思いをさせるほうがいやなんだよ」
「………寒くなったら、言うから」

錫也にほだされるような形で月子が言うと、我慢するなよと錫也が笑いながらコートを着直した。それからそっと月子の手をとって、

「……指先、冷たくなってるぞ? 本当に大丈夫か?」
「大丈夫だってば! もう、錫也ってば、本当に………」

言葉の続きはため息にして吐き出し、錫也の大きな手を握りかえした。そうやってつないでもらっているだけで心が温かくなっていくことをどうしたらわかってもらえるのかなと月子は思った。
 彼に対する想いを自覚したのはつい最近のことなのに、一度それが恋なのだとわかってしまった今では、錫也が好きで好きでしょうがなかった。隣にいるだけであったかい気持ちになるし、触れてもらえればずっと幸せだった。

「過保護、だって言いたい? 自覚はあるけどね、でも、男ってのは自分の好きな女の子の前でいい格好をしたいものなんだよ」
「――うん、……そうだよね」

 今までの錫也だったら、絶対に言わなかったような言葉。それが少し気恥ずかしくて、そしてすごく嬉しかった。
 なんの変化もなく、ただ漫然と、ずっと一緒に居るのだと思っていた。それがあまりにも幼い幻想だと思い知らされて、それでも月子は一緒に居たいと強く願った。そのつたない祈りの先に、こうして辿りついて、笑っていられる。今度は、きっと、ずっと、たくさんの星空を一緒に越えていける。

「春の星もいいよな」
「そうだね。冬も綺麗だけど、春の空は冬よりも近くに見える気がする」

ぎゅっと手をつないで、並んで空を見上げる。

「……覚えてる? 去年も見に来たよね」
「入学してすぐな。哉太と三人で」
「今度は、哉太と、羊君と一緒に、また見に来たいね」
「ああ、今度、な」

くすくすと笑う錫也。つないだ手のぬくもりがあったかくて、月子も顔をほころばせる。
 錫也と手をつないでいられれば、もう片方の手で、去年と同じ満天の星空を掴めそうな気がした。


(2009/04/29)