「……なんだか、雨が降ってきちゃいそうだね」
「ああ、……本当だ。隣に居る君が眩しいから、空が暗いことに気付かなかったよ」

そう言ってふわっと羊が笑いかけてくれて、嬉しいけれどでも恥ずかしくもある月子は、曖昧に苦笑した。恋人同士になろうとも、やはり前触れもなくこうやって甘い言葉を囁かれるのはくすぐったい。
 並んで芝生の絨毯に寝転がって新緑の向こうに仰ぐ空は灰色がぼんやりと垂れこめていて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。心なしか、風にも雨の匂いを感じる気がする。

「どうしよう、もう戻る?」

月子が上体を起こして問いかけると、羊は彼女の手に自分の手をそっと重ねて曖昧に首を振り、甘えるような目でもって彼女を見つめた――が、少し考えた後でふっと微笑み、

「――でも、雨に降られて、君が、風邪でも引いたら大変だよね。……またいつでも来れるし」

勢いよく立ちあがった羊は、月子の方を顧みて、手を差し出した。

「帰ろう」

 瞬きをするたびに羊の瞳の中でまあるい光がゆらりと揺れる。そのきれいな瞳が今、月子だけを見ているのだと思うとなんだかたまらない気持ちになる。
 月子はしばらく無言で羊を見つめ返していたが、意を決したように腕を伸ばし、羊の手をとった。が、彼女は立ち上がろうとせず、逆に彼の手を自分の方へとひっぱった。全く予想していなかったため、羊はバランスを崩し、あっさりと膝をついた。

「……やっぱり、もうちょっと居たいな。……傘、折りたたみだけど、持ってるの」

少し頬を赤くした月子に、最初目を瞬かせていた羊がすぐさま笑顔になって、お返しとばかりに月子にぎゅうっと抱きついて彼女の髪に顔をうずめた。月子は一瞬息をのんで、でもすぐに羊の身体を抱きしめ返した。

「僕、相合い傘って一回やってみたかったんだ」
「……ちょっと恥ずかしいけど、でも、羊君とだったら、やってみたいかも」

 可愛いことをいう月子の身体は太陽みたいにあったかくて、羊は再び、空を覆う灰色の雨雲を忘れてしまいそうになった。



(2009/05/06)